#1-2 立ち食いパスタの大男

 かつて、この世界のほとんど全てを破壊した、戦争アトミック。大量の致命兵器フェイタル・アトムが地上を焼き尽くし、高い毒性を持つ半恒久有害廃棄物ラディワーストを撒き散らした。

 それから約半世紀を掛けて再建されたのが、世界で唯一最大の都市である、シティだった。周辺に点在する、無数の小さな街区を統治下に置くシティはまた、この世界の中心でもある。広大な周辺エリアは、郡部諸街区カウンティと呼ばれていた。

 超々高層ビルが林立するこの高度集積地区コア・エリアは、そのシティの中でもさらに中枢に当たる区域だった。ここで働き、暮らすことが出来るのは、選ばれた人々だけだ。少なくとも、ロイド博士はここに踏みとどまることが出来た。

 

 心理的駆け引きによって交渉ごとをまとめ上げ、依頼者クライアントの依頼に答えることを業とする専門職、心理交流干渉士PIA。それが私の仕事だった。それも数少ない上級資格、Σグレードの保有者だ。

 そんな私でも、今日のような大型案件を手掛けることはさすがに珍しかった。正直、へとへとだ。腹も減った。


 だから、石畳が続く通りの彼方に、見慣れた立ち食いパスタスタンドの紅いネオンがぼんやり見えて来た時、私はしめたと思った。近頃よく見かけるようになったそのチェーン店は、安くてうまいパスタを出すことで人気があった。

 とにかく、手っ取り早く夕食を済ませてしまおう。この店なら上出来だ。北方産イワシの油漬けをトッピングしたペペロンチーノ、あれを大盛りにして食ってやろう。喜び勇んで、私はスイングドアを押した。


「なんだと!」

 いきなり耳に飛び込んできた大声に、私は思わず顔をしかめる。狭い店内で、顔を赤くした髭面の大男が、カウンターの若い女性店員に向かって何やら文句をつけているところだった。白いシャツにデニムのオーバーオールという姿は、いかにも工員風だ。

「これが使えねえとはどういうこった。公準純度認証済オモロガード、混じり気なしの共通液体通貨リキドマネーだぞ」

 男が振りかざしているのは、うっすらと光を放つ青い液体が入った、親指ほどの大きさの頑丈なガラス容器だった。普段、この街では見かけることのない、共通液体通貨リキドマネー


「お客さん、済みませんけど、うちの店じゃ取り扱ってないんですよ、それ。ちゃんと、金属貨幣コインで払ってもらわないと困ります、お代をね」

 カウンターの向こうに立つ小柄な女性店員は、細い腰に手を当てて、目の前の客をにらみつけた。大男を相手に、一歩も引かない構えだ。

 虚勢ではなく、おびえてもいない。中立感情ニュートラル。自分のしていることに確信があるようだ。ポニーテールがかわいらしいこの娘に、むしろ男のほうが押されていた。彼女の背後で光る黄色いネオン文字が、まるで後光オーラのようだ。

 これは、大男のほうが無茶なのである。シティにある店の、恐らく99%以上では、金属貨幣コインしか取り扱っていないはずだ。

 どうでもいいが、晩飯くらいは静かに食べたい。私が介入して事態を収拾してしまうほうが、いっそ早そうだった。


(#2「南方深部から来た男、転がり込んだ仕事の依頼」へ続く)

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