#27 商談、ユズハ兄妹とピクルス社長
明くる朝、私とユズハ兄妹はダイニングで一緒に食事をとった後、ランゲンの本社がある第一採掘ドームへとつながる地下道、その入り口へと向かった。
またアーケードの北端近くまで赴かなければならないわけだが、あの「
ビルの一角に開いた入り口から、長い階段を下って地下通路へと降りた。私はブルーの偏光グラスを、セイジは黒いサングラスを外す。
「何だか不気味だわ、この通路」
彼方へと連なる、バチェラー燈の列を見上げて、ユズハがつぶやいた。
しかし、この狭苦しいトンネルはさほど長いものではない。しばらく進むうちに、再び上方への階段が姿を現した。この辺りまで来ると、地上を吹き荒れる嵐の轟音が聴こえてくる。
「その採掘ドームというのは、あの極渦の真っただ中にあるのですよね?」
今度は、セイジのほうが不安そうな顔をする。駅からアーケード・べトラまでの道中、ぬかるんだ道を、嵐に吹かれながら延々歩かされたのがかなり応えたのだろう。
「大丈夫だ。確かに音はうるさいが、防嵐シールドでしっかり防御されているよ」
私はそう説明して、地上への階段を上がり始めた。カイネリ技師長と初めてここへ来たときは、私でも少々戸惑ったくらいだから、二人が及び腰なのは無理もない。
あちこちに小石が転がる、むき出しの地面を歩いて、半透明のドームの中心に集まるビル群へと向かった。その周辺に配置された様々な設備を、ユズハたちは物珍しそうに見上げている。
この前と異なり、今日は操業中だから、見覚えのある作業服を着た社員たち、各所で忙し気に任務に就いていた。闖入者たる我々には、特に興味がなさそうだ。
「コーネル先生!」
頭上から、ふいに声がかかった。顔を上げると、巨大なプラント同士をつなぐ空中の通路から、作業着姿のカイネリ技師長が手を振っている。見るからにちゃちで低い手すりが、技師長の巨体に比べてあまりに頼りなく、今にも転落しそうで危なっかしく見える。
「おや、ユズハさんも。みなさんお揃いで、どうしました?」
今降りて行きますわ、と言うなり技師長は、にぎやかな足音を立てながら地上への階段を降りてきた。
ピクルス社長のところへ紅珊瑚を売りつけに行く手伝いをしているのだ、と説明すると、
「ああ、確かにあいつは珊瑚好きですな。しかし、社長のところまでたどり着けるかどうか。あの女、エルメリナの奴が邪魔をするかも知れんですからな」
とカイネリ技師長は思案顔であごひげを撫でた。
「彼女には一応、営業に行くとは伝えてあるのだよ。会うかどうかは社長次第だ、という返事だったがね」
「もう、そんな段取りまで。さすが先生は、仕事が早いですなあ。わしらの案件も、最後までお願いしたかったところですが……」
「まあ、うまくピクルス社長に会えれば、もう一度ちょっと話をしてみるよ。ちゃんと報酬はもらっているわけだからね」
「ということは、もしや」
ユズハたちのほうを気にしながら、技師長は小声になる。
「これも策の一つですか? 先生はまだ、わしらの仕事を」
「アフター・サーヴィス」
私は答えた。カイネリ技師長は黙って頭を下げた。
ランゲン本社の入り口は、例によって「衛視隊」の隊員二人によって警備されていた。しかし幸いなことに、我々はカイネリ技師長の口利きによって無事に中へと通してもらえた。いざとなれば、エルメリナを呼んで通してもらうつもりだったが、その必要はなくなった。
玄関を閉ざす鉄の扉は、見た目の通りひどく重かった。もしも極渦の嵐に晒されることになっても、ビル内を守れるような構造になっているのだ。
エントランスのカウンターで、私は受付嬢に要件を告げた。彼女は微笑を保ちながら、我々三人を警戒の目で一瞥した。
ユズハはともかく、私は青い偏光サングラスにアッシュグレーの長髪、セイジは例の黒ずくめのギャングスタイルで、まともな筋の人間にはまず見えないだろう。受付嬢は即座に、少々お待ちくださいと言って奥に消えた。間もなく、社長秘書が姿を現す。エルメリナだ。
「……本当に来たのね」
彼女は呆れたような顔で、諦めたような声を出した。
「来るな、とは言わなかったはずだよ」
「仕方ないわね。社長の意向を確認します。でも、恐らく」
エルメリナは肩をすくめた。
「お会いになられるでしょう。あの人の珊瑚好きは、普通じゃないのよ」
彼女の予想通り、我々は奥へと通された。この前歩いたばかりの、ふかふかのカーペットが敷かれた通路、そして螺旋階段。社長室は、最上階の四階にあった。
「失礼します、社長」
いかにも重厚な、磨き抜かれた木製の扉を、彼女はノックする。中から、ピクルス氏の返事が聞こえた。
「珊瑚商の方々をお連れしました」
そう言って社長室に入って行くエルメリナに続いて、私とユズハも室内に入る。
窓際に立つピクルス社長がこちらを振り返り、不思議そうな顔をした。私に気付いたからだ。
「あなたは、この前の……」
「先日は、失礼いたしました。ご存知の通り、あの仕事は終わりましたので、今日は新しい仕事です。こちらの珊瑚商の方から、仲介を頼まれましてね」
私はユズハのほうを振り返った。
「社長にご挨拶を、ユズハさん」
「初めまして。お会いできて光栄ですわ、高名な、ランゲン社のピクルス社長さま」
社長の表情が、途端に和らいだ。
「いやいや、高名だなんてとんでもない。ただのしがない経営者ですよ、ちょっとばかり会社が大きいだけでしてね」
自慢する声の調子が甘い。つまりはユズハを気に入ったのだ。エルメリナの目つきが変わった。
(#28 「不機嫌なエルメリナ、二人の演技」に続く)
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