#26 ユズハたちとのディナー、大人気の宝石珊瑚

 まずはディナーでもということで、私と二人は、昨晩カイネリ技師長に連れられて行ったばかりの食堂グリルへと向かった。兄の名前はセイジというのだと、私は初めて知った。

「美味い煮込みと、代用ホッピーが絶品でね」

 という私の言葉に、ユズハたちも強い関心を示したようだった。幸い、このホテルからはごく近い。

「ああ、ここね」

 とユズハは、まるで廃材のモザイクのようなその外見を見て笑った。何度か前を通ったが、さすがに入る勇気が出なかったらしい。


 くろがね三輪のウインドウガラスが窓としてはめ込まれたドアを開いて中に入ると、

「お、先生」

 とさっそく声がかかる。名前は知らないが、昨晩一緒に痛飲した、ランゲン社の技師の一人だった。

「やあ、また来たよ。今日は友人も一緒だ」

 手を振ると、店内のあちこちから歓迎の声が上がる。

「ここではなかなか人気者なのね、コーネルさんは」

 ユズハがまた笑う。


 今夜はマチルダ専務も、カイネリ技師長も来ていないようだった。店の奥に、空いている席を見つけて、二人分のスペースに無理やり三人で座る。

 さっそく店主がやってきて、小さな丸テーブルに代用ホッピーと宙豚の煮込み、それにダシマキをドン、と置いた。

「おやおや、まだ注文をしていないはずだが?」

 という私に、

「でも、どうせこれだろう?」

 店主はにやりと笑った。


「で、その、例の社長とやらに会えるという話なんですが」

 乾杯を済ませると、まず兄のセイジが切り出した。特に声を潜めなくとも、このにぎやかな店の中では、周囲に聞かれそうにはなかった。

「必ず会える、かどうかまでは分からないがね。宝石珊瑚好きらしいから、可能性はあるだろう。とりあえず、本社まで行ってみる価値はあるはずだ」

「その、本社というのは……」

「このアーケード・べトラに隣接した、第一採掘ドームの中にある。私が案内するよ」

「それで、あなたの求める見返りは一体?」

 今度は、ユズハが訊ねる。それはそうだろう。Σ-PIAがただ働きをするはずがない。

「良い珊瑚をお買い上げいただいて、某社長に喜んでもらうことだよ。ビジネス上の都合でね、ご機嫌を取る必要がある。大きな金が動く話なのさ」

 と私はとぼけた。


「喜んでもらえるのかしら? またあれをやるわよ、わたしたち。そうね?」

 ユズハは、セイジの顔を見た。

「あれというのは? まさか、あの小芝居のことかね?」

 列車内の光景がよみがえる。ギャング風のなりをした、ニセ借金取りのセイジが「手ぶらじゃ帰れない」とかごねる場面が。

「そうよ。あれが、わたしたちの商売シノギのやり方だもの」

 社長室で、悪徳金貸しのふりをして騒ぎを起こしたりしたら、保安部隊に拘束されかねない。しかし、彼らには彼らなりの流儀があるのだろう。それに、そこで巻き起こる騒ぎを、何かに利用することも出来るかも知れなかった。

「まあ、良いだろう。好きにやりたまえ」

 ユズハはにっこりと微笑むと、代用ホッピーのジョッキを軽く上げた。


「先生、その別嬪さんたちを、俺たちに紹介してはくれないのかね?」

 と店内の面々がうるさいものだから、私は二人が宝石珊瑚商であること、社長への売り込みをかけるつもりであること、そして私も彼らから立派な紅珊瑚を買ったのだということを説明した。

 途端に、みんなの目の色が変わった。やはり南方の人間は、紅珊瑚に強い関心があるのだ。

 セイジが、上着の隠しポケットに持っていた小型の宝石ケースを開いて、品物のサンプルを彼らに見せる。

 驚いたことに、騒がしいその場でアンプル・ウォレットを取り出し、そこそこ高価な珊瑚のリングを即決で買ったお客が二人もいた。彼らの目は確かで、売値はその珊瑚の価値グレードに、ぴったりと一致していた。

 私はふと、エルメリナのことを思い浮かべる。せっかく立派なリングをつけているのに、しかし紅珊瑚にほとんど興味のない女。彼女は、どこから来たのだろうか。


 昨晩ほどではないものの、やはり十二分に酔っぱらった状態で、私はホテルの部屋へと帰った。あの豪華ホテルに比べると、ずっと距離が近いのがありがたい。同じくらいの代用ホッピーを飲んだはずのユズハが全く平気な顔をしているのが、いささか悔しかったが。

 小振りな大浴場の温泉に浸かり、少し頭をすっきりさせてから、私は「絶品モンブラン」を頬張りつつ今の状況を整理にかかった。


 比較的分かり易い、仲間としての結合力によって成り立っていると思われるマチルダ専務の陣営に対して、ピクルス社長側はどうもその内部に、複雑な事情を抱えているように思われた。

 技師長は、社長は油断ならない男だと言う。しかし先日の交渉では、むしろ常務たちが強い力を握っているように見受けられた。エルメリナの微妙な態度も引っかかる。

「何だろうな、この違和感は」

 メモ用紙に図表を書き込みながら、独りつぶやいた私は、ふと話相手が欲しくなった。枕もとのサイドボードから全書ぺディーを取って表紙を開き、FLディスプレイに姿を現した輝く乙女かのじょに声を掛けてみる。


「君はどう思う? ピクルス社長は、本当にランゲンの社内を掌握しているのかな?」

「どうかしらね」

 と彼女、「リサ」は言った。問いかけに答えが出せない時、全書ぺディーの簡易な仮想機械ファンタズマシンは、いつもそういう返事を用意する。

「でも、訊いてみればいいんじゃないかしら? その社長に」

 ほう、と私は思った。その通りなのだ。

 ユズハたちの力を借りて、再び直接社長に会い、羽ヶ淵の影をちらつかせて探りを入れてみる。それが私の目論見だった。つまりは、一つ試掘ボーリングをやってみようと、そういう訳なのだった。


「そうだね、ありがとう。そうしてみるよ」

「お役に立てたなら幸いです。さあ、今日はもう遅いですわ。何もかも忘れて、お眠りなさいな」

 君はいつも優しいね、とつぶやいて表紙を閉じ、部屋の灯りを消した。恐らく一瞬の間に、私は眠りに就いた。


(#27 「商談、ユズハ兄妹とピクルス社長」に続く)

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