#8 宝石珊瑚のお茶会、ギャング・スタイルの男

 翌朝の食堂車でも、またユズハと一緒になったが、こちらは二人とも二日酔いでまだふらふら、昨夜よりもなお情けない有様だった。

 それでも私は、喉に流し込んだ冷たい水で自分の頭を殴りつけて、どうにかちゃんと挨拶を済ませた。

「ところで、折角ですから」

 ズキズキする額を右手で軽く抑えたまま、私は彼女に言った。

「ぜひ一度、あなたの商品、宝石珊瑚を拝見させていただけませんか? 良い手土産になるかも知れないので」

「あら、もちろんですわ」

 ユズハは喜んだ。現地に着く前に、早くも商売ができるのだから、当然だろう。


 淑女レディーの個室へ出向くということで、私はここぞとばかりにあの停滞保存函ステイシス・キャリア、十個の絶品モンブランが入ったケースを持参した。カイネリ技師長も一緒である。

「嫁さんに買ってやれば、そりゃあ喜ぶでしょうがな。とてもそんな余裕はありゃしませんわ。ただ、宝石珊瑚という奴、ちょっと拝んでみたいもんでね」

 ということで、やはり紅珊瑚、南方ではなかなか人気があるらしい。


 一人用個室は、一両の車両を区切って二部屋にしてあるもので、要するに我々の部屋の、ちょうと半分の広さだった。もちろん、通常の座席に比べれば相当に贅沢なのだが、元が小さめの車両だから、三人も入ると窮屈な感じになる。

 しかし、品物が品物だから、食堂で披露するという訳にもいかなかった。どんな人間がこの列車に乗り合わせているか、分からないのだ。

 小さなテーブルを囲んで、三人肩を寄せ合うように座ると、ユズハは紅珊瑚の入った防盗ケースのダイヤルを回し、銀色の蓋を開いた。

「おお、これが」

 カイネリが、感動したような声を上げる。

 黒いビロードの上に並ぶ、指輪やブローチ、イヤリングにネックレス。それらのいずれもに、真紅と言うべき深い紅色をした、珊瑚のぎょくが使われていた。


「どうぞ、手に取ってご覧くださいね」

 彼女はにこやかに言った。

 指輪を一つ、窓からの光にかざしてみる。まるで透き通っているように、紅珊瑚は輝いていた。混じりけの無いこの紅さは、間違いなく最高級品だ。産地である珊瑚湖でも、そうそう採れる品ではない。

 しかし、これだけの品となると、価格も相応なものとなるだろう。行商の売り物ということで、私は甘く見ていたようだった。

「ああ、そうだ」

 と私は思い出したように声を上げた。

「少し、お茶にしませんか。実は、私もこういうものを」

 そう言いながら、持参した停滞保存函ステイシス・キャリアのロックを解除し、ふたを開く。

「あら、おいしそう!」

 ケースの中に並んだ「絶品モンブラン」を見て、ユズハは華やいだ声を上げた。


 通路に設置された給湯器サモワールで紅茶を淹れ、宝石珊瑚を眺めながらの優雅なティータイムと洒落込むことになった。

 その間に、私は考えを巡らす。品物自体は、決して悪いものではない。しかし、ここで数千億の出費というのは、ちょっと想定していなかった。

 心理交流干渉士PIAとしての技術を使えば、感謝されながら値切るようなことも不可能ではないだろう。しかし、ケーキ屋の親父をからかうのとはわけが違う。さすがに、専門職技能の悪用は職業倫理にもとる。

 妙に真面目に考え込んでいると、不意に背後のドアがノックされた。誰だろう。

「どうします? 開けましょうか?」

 私はユズハに訊ねた。

「ええ、お願いしてよろしいでしょうか。車掌さんに頼んでおいたことがあるので、恐らくその件ですわ」


 しかし、ドアの向こうに立っていたのは、どう見ても車掌ではなかった。上下黒のスーツに、黒いサングラスの痩せた男。斜めにかぶったつば有りの中折れ帽まで、ご丁寧に黒だ。いかにも剣呑な、ギャング・スタイルだ。

「楽しいお茶会を邪魔して申し訳ないね、招かれざる客なのは、俺も自覚してるぜ」

 彼を通路に残したまま、私は黙ってドアを閉めた。

「おい、こら、何をしやがる」

 向こう側で、黒服男はあわてたように声を上げる。

「追い返しましょうか」

 カイネリ技師長が、シャツの腕をまくる。その腕は、丸太を思わせる太さだ。

「いえ、良いのです……まさかこんなところまで追いかけて来られるとは思いませんでしたけれど」

 ユズハは落ち着いた声でそう言うと、

「あの方を、この部屋へ入れてあげて下さい」

 と椅子から立ち上がった。


 仏頂面の大男と、ブルーのサングラスに長髪の見るからに怪しげな男、つまり私が鋭い視線を浴びせる中、ギャング男は個室の入り口に立ちはだかった。

「用心棒、ってわけかい。まるでこっちが悪者みたいじゃないかね」

 男は、吐き捨てるように言った。

「決して、そういう訳ではありませんわ。こちらの方々は、私の品物をご覧になりに来られた、お客様なのです」

「なるほど、商売繁盛で大変結構。ただ、そもそも、その品物を仕入れる資金がどこから出たのか、それを忘れてもらっちゃ困るね」

「返済が遅れていることは、わたしも申し訳なく思っています」

 彼女は丁寧に、頭を下げた。ということは、この黒服は借金取りか。


「間もなく、南方に着けば……売上さえ上がれば、今月の分はちゃんとお返ししますから」

「だから、その今月の分がとっくに遅れてるんですよ。本当なら、一度でも期限に遅れりゃ、すぐに全額返してもらうのが筋だ。それを、待ってあげようって言ってるんですよ。うちは良心的なんだ。せめて」

 男は、なぜか私のほうをちらりと見た。

「延滞の利子分くらいは受け取らないとね。帰れませんよ」

「でも、手持ちが本当にないのです。商品が一つでも売れれば、それからなら……」

「いくらだね」

 私は、口を挟んだ。

「いくら受け取れば、君はここから立ち去るのかね?」

 ギャング男は、一瞬驚いたような顔をしたあと、狡猾そうな笑みを浮かべた。

「ほんの、五千億クレジットというところです。利子だけですから」


(#9 「ユズハの商売、立ちはだかる『極渦』」に続く)

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