#18 一気に叩き潰す、そういう眼をして

「結合力解除方式は、まだ実用性に難がある」

 ようやく常務が、そう答えた。

「すでに使用例がありますよ、チドリマテリア社でね。あそこは、羽ヶ淵系列でしたかね」

 ここで私は、初めて自分から「羽ケ淵」の名を出した。連中が、羽ヶ淵ウイング・アビス本社と私のつながりについて感づいている以上、これも効くはずだ。

 結局のところ、準自治権能サブ・オーガンを有する南方深部ディープ・サウスの諸街区と言えども、羽ヶ淵の権能からは逃れられないのだ。

 例えば、先ほど私がその名を口にしたシティ当局の第十五条委員会コートにしたところで、「最高司法機関」などと名乗ってはいるものの、現実的には羽ヶ淵の一部門に過ぎない。そもそも、この世界を統治するシティ当局そのものが、羽ヶ淵本社の下部組織なのだから、これは当たり前のことだった。


「君たちがマチルダ専務の更迭を企んでいることを、世界を支配する側は快く思っていない。分かっているだろうね?」

 それがつまり、私が自らの存在を誇大化して、暗示的に伝えようとしようとしていたメッセージだった。


 話が進んでも、アルタラ・ピクルス・ジュニア社長は端正な顔を崩さす、ただじっと黙っていた。

「社長。あんたの意見はどうなんだ。さっきから、常務と部長ばかりじゃないかね、わしらの相手をしているのは」

 カイネリ技師長が、そんな社長に向かって言葉をぶつけた。

「私としても……」

 ピクルス社長は、初めて口を開いた。

 まるで高い所から見下ろしてでもいるかのように、私は背を反らし顎を上げて、彼に視線を向ける。おかしなことを言えば一気に叩き潰す、そういう目をして。

 こちらは、お前の親でも子でもない。対等な大人同士として、ただ力の限り殴りつける。そういう心理的位置関係を、私はその場に出現させようとしていた。


「私としても、マチルダ専務の能力を高く評価してはいます。ですから、あなた方の主張にも、うなずける部分がありますが……」

 社長は、左右のマクアウリ常務と、ベニトビ部長に目を遣った。二人とも、何か言いたげな顔をしている。余計なことを言わないでくださいよ社長、とでも言いたげな顔を。

 ここで、背後に控えていたエルメリナが、突然ピクルス社長に歩み寄り、何か耳打ちした。

「そういうことですから、この件については私としても少し持ち帰って検討いたしたい。それで、いかがでしょうか?」

 社長はそう提案してきた。カイネリ技師長が、私の顔を見る。私は、二回うなずいて見せた。

「わかった。では、明日の同じ時間、ここで答えを聞かせてもらう」

 技師長は、強い口調で言い切った。こちらから期日を切るように、そう指示してあった。

「了解、いたしました」

 社長は答えた。

「良いお返事を期待していますよ。第十五条委員会コートが出て来るような事態は、誰にとっても好ましいものじゃありませんからね」

 社長に一礼した私は、ダメ押しの台詞を残して、その場を退出した。


「いや、先生。さすがです、コーネル先生」

 螺旋階段を降りながら、カイネリ技師長はいかにも感服した、という様子でそう言った。

「先生の手腕を信頼してはおりましたが、ここまで一気に奴らを追い詰めるとは。お見事ですわ」

「まずまず、悪くない展開だったと思うね」

 そう答えながら、反則技を使ったようなものだがね、と私は内心でつぶやいていた。羽ヶ淵の威光を利用しなければ、こうも簡単には話は進まなかっただろう。

「しかし、社長が何を考えているのか、そこが読めなかったな」

「そこが、あのピクルスの油断ならんところですわ。常務たちにわしらの相手をさせて、とぼけた顔をしながら、内心ではどんな算段をしておるのか」

 そうなのだろうか。あまり社長を甘く見ては、まずいかのもしれない。


 螺旋階段を降りたところで、いつの間に先回りしたのか、エルメリナが待ち受けていた。

「お疲れ様」

 じっとこちらを見ている彼女に、私は声を掛けた。

「ベッドだけじゃなく、あなた自身も焼いておくべきだったのかも知れないわね」

 険のある声で、彼女は言った。

「言ったはずだよ。パワー・バランスの差など、すぐにひっくり返るとね」

「そうね。協議を中断させはしたけれど、時間稼ぎにしかならないわ」

「君たちはなぜ、そうまでしてマチルダ専務を更迭したいのだね。このまま内紛が続けば、決して良い結果を招かないはずだが」

「我が社を狙っている勢力は多いでしょうからね」

 もちろん、その筆頭が羽ケ淵だというわけだ。現にこうして、この事態の隙を突いて、私が入り込んでいるのだ。


「でも……あの女だけは」

 エルメリナの表情に、隠しきれない憎悪の影が浮かんだ。彼女とマチルダ専務との間には、何か個人的な感情のもつれがあるのかも知れない。

「まあ、良く考えてみてくれ給え。事後策についても、相談には乗るつもりだ。良ければ、君自身のことについてもね」

「どうも、ご親切に」

 彼女は身を翻すと、足早に廊下を去って行った。

「あの食えない女が、先生の前では子供同然ですな。さて、これからどうなさいますか? ホテルに戻るのでしたら」

「いや、できたら一つ、頼みがある。瑠璃井るりせいという奴を、実際に見学してみたいのだが。勝負の最後の詰めで、効いてくるかもしれないのでね、現場を見ているということが」

「お安い御用です。さすが先生、最後まで気を緩めるようなことはないのですな」

「プロだからね」

 軽くそう答えたが、この見学は羽ヶ淵のための仕事でもあった。本社第四調査部への、つまりはゴライトリー副部長への手土産となる情報も、得ておかなければならない。


(#19 「富という名の神、その神殿」へと続く)


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