#18 一気に叩き潰す、そういう眼をして
「結合力解除方式は、まだ実用性に難がある」
ようやく常務が、そう答えた。
「すでに使用例がありますよ、チドリマテリア社でね。あそこは、羽ヶ淵系列でしたかね」
ここで私は、初めて自分から「羽ケ淵」の名を出した。連中が、
結局のところ、
例えば、先ほど私がその名を口にした
「君たちがマチルダ専務の更迭を企んでいることを、世界を支配する側は快く思っていない。分かっているだろうね?」
それがつまり、私が自らの存在を誇大化して、暗示的に伝えようとしようとしていたメッセージだった。
話が進んでも、アルタラ・ピクルス・ジュニア社長は端正な顔を崩さす、ただじっと黙っていた。
「社長。あんたの意見はどうなんだ。さっきから、常務と部長ばかりじゃないかね、わしらの相手をしているのは」
カイネリ技師長が、そんな社長に向かって言葉をぶつけた。
「私としても……」
ピクルス社長は、初めて口を開いた。
まるで高い所から見下ろしてでもいるかのように、私は背を反らし顎を上げて、彼に視線を向ける。おかしなことを言えば一気に叩き潰す、そういう目をして。
こちらは、お前の親でも子でもない。対等な大人同士として、ただ力の限り殴りつける。そういう心理的位置関係を、私はその場に出現させようとしていた。
「私としても、マチルダ専務の能力を高く評価してはいます。ですから、あなた方の主張にも、うなずける部分がありますが……」
社長は、左右のマクアウリ常務と、ベニトビ部長に目を遣った。二人とも、何か言いたげな顔をしている。余計なことを言わないでくださいよ社長、とでも言いたげな顔を。
ここで、背後に控えていたエルメリナが、突然ピクルス社長に歩み寄り、何か耳打ちした。
「そういうことですから、この件については私としても少し持ち帰って検討いたしたい。それで、いかがでしょうか?」
社長はそう提案してきた。カイネリ技師長が、私の顔を見る。私は、二回うなずいて見せた。
「わかった。では、明日の同じ時間、ここで答えを聞かせてもらう」
技師長は、強い口調で言い切った。こちらから期日を切るように、そう指示してあった。
「了解、いたしました」
社長は答えた。
「良いお返事を期待していますよ。
社長に一礼した私は、ダメ押しの台詞を残して、その場を退出した。
「いや、先生。さすがです、コーネル先生」
螺旋階段を降りながら、カイネリ技師長はいかにも感服した、という様子でそう言った。
「先生の手腕を信頼してはおりましたが、ここまで一気に奴らを追い詰めるとは。お見事ですわ」
「まずまず、悪くない展開だったと思うね」
そう答えながら、反則技を使ったようなものだがね、と私は内心でつぶやいていた。羽ヶ淵の威光を利用しなければ、こうも簡単には話は進まなかっただろう。
「しかし、社長が何を考えているのか、そこが読めなかったな」
「そこが、あのピクルスの油断ならんところですわ。常務たちにわしらの相手をさせて、とぼけた顔をしながら、内心ではどんな算段をしておるのか」
そうなのだろうか。あまり社長を甘く見ては、まずいかのもしれない。
螺旋階段を降りたところで、いつの間に先回りしたのか、エルメリナが待ち受けていた。
「お疲れ様」
じっとこちらを見ている彼女に、私は声を掛けた。
「ベッドだけじゃなく、あなた自身も焼いておくべきだったのかも知れないわね」
険のある声で、彼女は言った。
「言ったはずだよ。パワー・バランスの差など、すぐにひっくり返るとね」
「そうね。協議を中断させはしたけれど、時間稼ぎにしかならないわ」
「君たちはなぜ、そうまでしてマチルダ専務を更迭したいのだね。このまま内紛が続けば、決して良い結果を招かないはずだが」
「我が社を狙っている勢力は多いでしょうからね」
もちろん、その筆頭が羽ケ淵だというわけだ。現にこうして、この事態の隙を突いて、私が入り込んでいるのだ。
「でも……あの女だけは」
エルメリナの表情に、隠しきれない憎悪の影が浮かんだ。彼女とマチルダ専務との間には、何か個人的な感情のもつれがあるのかも知れない。
「まあ、良く考えてみてくれ給え。事後策についても、相談には乗るつもりだ。良ければ、君自身のことについてもね」
「どうも、ご親切に」
彼女は身を翻すと、足早に廊下を去って行った。
「あの食えない女が、先生の前では子供同然ですな。さて、これからどうなさいますか? ホテルに戻るのでしたら」
「いや、できたら一つ、頼みがある。
「お安い御用です。さすが先生、最後まで気を緩めるようなことはないのですな」
「プロだからね」
軽くそう答えたが、この見学は羽ヶ淵のための仕事でもあった。本社第四調査部への、つまりはゴライトリー副部長への手土産となる情報も、得ておかなければならない。
(#19 「富という名の神、その神殿」へと続く)
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