最終章 決着、さらばアーケード・べトラ

#41 運ばれる爆弾、戦友の笑み

 背後のドアが開いて、ナフラム刑事たちが部屋に飛び込んで来た。

「みなさん、ご無事ですか。今の破裂音は?」

「ああ、こいつだ」

 自分の左胸に、私は目を遣った。飛び散った液体で、コートが青く染まっている。

 ベニトビ氏の放った熱光線は、上着の下に着込んだ散熱装甲ベストに届く前に、内ポケットにしまっていたケースを破壊していた。その銀色の小箱には、十兆クレジット分の共通液体通貨リキドマネーが充填されたアンプル・ウォレットが収納されていたのだった。

 簡単に破壊できるような強度のアンプルではないのだが、高エネルギーの光線に直撃されてはひとたまりもない。硝材は一瞬で爆散し、世界で最も高価な染みをコートに残したのだった。


 おかげでダメージも最小限で済んだわけではあるが、そもそもこういうアクション・シーンは私の本来の仕事とは程遠い。できればもう御免こうむりたいというのが正直なところだった。

 まるで凍結されたように身動きできなくなっていたエルメリナが、大きく息を吐いた。

「簡単に死んでしまうのね、人って」

 クレヴァ刑事がベニトビ氏の遺体を確認する様子を見ながら、彼女はつぶやく。

「哀れだわ。頭を吹き飛ばされて、こんな風に転がって……。悪事に手を染めているのは分かってたけど、まさかこの人が、そんな大それたことをしようとしてたなんて」

 ピクルス社長が、そんなエルメリナの傍に寄り添って、彼女の肩を抱いた。

「ベニトビ君にも、彼なりの正義があった。しかし彼は、自らが作り出した毒の美しさそのものに魅入られてしまったのだ。私には、彼を止めることができなかった……」


 世界を支配下に置く羽ヶ淵ウイング・アビスに逆らおうとすることに、果たして正義はあるのか? その問いに答えることは、私にはできなかった。そんなことを考えること自体が、私の立場ではあまりにも危険だったからだ。何が正しいのか、一瞬のその迷いが、身の危険を招くこともある。

「ピクルス社長。あのマクアウリ常務は、どこかで正規の戦闘訓練を受けたことがあるのではないですか?」

 私は、話題を変えた。

「ミスター・コーネルのおっしゃる通りです。彼は若い頃、シティ保安警察の武装警備隊ASTに所属していたことがあるのです」

 社長はうなずいた。

「かつての経験を基に、彼は現在の『衛視隊』を編成するという役目を任されました。指示したのは先代、ホールデン・ウォルツ社長。彼は見事にその任務を成し遂げて、役員に抜擢されたのです」


「父は……」

 マチルダ専務が口を開いた。

「先代社長はあくまで、南方深部の有する自治権の象徴として、独自の保安部隊を作り上げたのです。今の衛視隊のように、その力を用いて世界を再び混乱に陥れようとするなど、父の遺志に全く背くことです」

「そうなのでしょう。しかし、ひとたび打撃力を手にしてしまった者は、それを自らの野望のために、最大限に使ってみたいと思い始めるものなのですよ」

 私は言った。残念ではあるが、それが現実だった。

「たとえ、それがマクアウリ常務でなくても、最後は同じような結末になった。そういうことなのでしょうね。だとすれば、もしもあの人たちが最終兵器を、究極の打撃力を完成させているとしたら……」

 専務は、床に転がったままの小瓶に目を遣った。瘴性電磁波ラディアクトを放っていない、というベニトビ部長の言葉を信じるとしても、手づかみで回収するわけには行かないらしく、今はまだ触れることさえできないのだった。


「しかし、奴らはそれをどうやってシティまで運ぶつもりなんでしょう? 戦争アトミックの時のように、爆弾が自分で空を飛んで行くような、そんな便利な仕掛けまではさすがに作れんでしょう」

 カイネリ技師長が訊ねた。

「小型の致命兵器フェイタル・アトムであれば、片手で提げられるアタッシュ・ケースに入る程度の大きさ。どこにでも持ち込めます」

 専務の言葉に、我々は驚いた。そんな小型の爆弾で、高度集積地区コア・エリアを吹っ飛ばすほどの威力があるというのか。世界が滅びたのも、無理はない。


「試作が行われているとすれば、やはり彼らの拠点となっている第九採掘ドーム内でしょう。そこから『TUBE』で運び出し、べトラ・アストラ駅から『極地支線』で風境区まで辿り着けば。あとは郡部諸街区連接鉄道ディジーチェーン本線か旅客用飛行艇クリッパーシティまで向かうだけです」

「つまり、連中はすでに完成した爆弾の搬送を開始している可能性がある、ということですな」

 ナフラム刑事の表情がこわばる。

「今から第九ドームまで出動しても、間に合わん恐れがある。駅へ先回りして、周囲に非常線を張るしかないな」

「しかし、彼ら衛視隊が総力を挙げて向かって来れば、我々保安部隊の規模では阻止することが……」

 クレヴァ刑事が暗い顔で、ナフラム刑事を見た。

「やるしかないんだよ、それでもな。それが我々の仕事だよ」


 シティから派遣される武装警備隊ASTの到着までは、まだ時間がかかるはずだ。なのにわざわざその制圧行動を予告して、常務たちの動きを早めさせた結果、状況は相当に厳しいものになってしまっていた。ゴライトリー副部長は一体何を考えて、私にそんな指令を出したのだろうか。

「いや、我々も協力しますぞ。熱光線発生器くらいなら、わしらだって持っておりますからな。それに、極渦の下での行動は、我々のほうが慣れておりますのでな」

 悲壮なやり取りをする二人の刑事に、カイネリ技師長がそう申し出た。いよいよ、全面戦争というわけだ。

「あと、鉄軌機構の南方支社に、わしの個人的な知り合いがおる。場合によっては、事情を伝えて列車の運行を停めてもらおう。本線までは無理だが、『極地支線』だけなら何とかなるかも知れん」

「ありがたい」

 ナフラム刑事が深々と頭を下げる。

「いやいや、止してくださいや。今や共同戦線でしょう、我々は」

 カイネリ技師長は、戦友の笑みを浮かべた。



(#42 「管理機構の切り札」へと続く)

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