#42 管理機構の切り札

 自分には責任がある、我々と共に駅へと赴く、とピクルス社長は言った。

「社長、しかしですな、あの嵐の中であんたに何ができます? 常務を説得してくださるとでも?」

 そんな社長に、カイネリ技師長は厳しい言葉を投げつけた。

「あんたはここにとどまって、その別嬪秘書さんと一緒に、このランゲンが羽ヶ淵傘下に入った後の算段でも考えておいてください」

 でしょう、と技師長はエルメリナに向かってうなずきかけた。彼女は黙って、頭を下げた。


「あと、衛視隊の一部がここを狙ってくることも考えられます。申し訳ないが、保安部隊の中でも特に腕利きの隊員さんを、この本社の警護につけてもらえませんかな?」

 今度はナフラム刑事へと、技師長は依頼を出した。

「了解です。……クレヴァ君」

 ナフラム刑事は、若い相棒の顔を見た。

「君は、ここにとどまって社長たちを守ってくれ」

「でも、私も駅のほうへ……」

「衛視隊がここを複数で襲撃してきた場合、一人で連中を壊滅させる能力があるのは君だけだよ。それに、君の身のこなしは、あの邪魔な防嵐服レイン・コートを着ていちゃあ十分に発揮できんだろう。ああ、ちなみに『処理』もありだ」

「分かりました。どんな敵が来ても片付けて、ここを死守してみせます」

 クレヴァ刑事が敬礼する。

「ありがとう、みなさん」

 我々に向かって、社長は丁寧にお辞儀した。


「私は、技師長たちとご一緒します」

 マチルダ専務は、決然とそう言った。

致命兵器フェイタル・アトムについての知識がある人間が、どうしても必要でしょうから。扱いを間違えれば、大変なことになってしまいます」

「確かに……それは止むを得んでしょう。専務には申し訳ないですが、お越しいただくしかありません。危険な目に合わないよう、わしらが必ず守りますので」

 カイネリ技師長が、頭を下げた。

「それでは、急ぎましょう。常務たちに、先に駅に着かれてしまってはまずい」

 あの泥沼のような「街道」、荒れ地の中に続くぬかるんだ細道を思い浮かべながら、私は言った。どんなに急いで歩いたところで、ごくゆっくりとしか前に進むことはできないだろう。

 そんな私の考えを察したかのように、ナフラム刑事がにやりと笑った。

「実はですな、我々にもたった一つだけ、連中よりも有利な材料があるのですよ。先回りするための、とっておきの手段がね」


 保安部隊からの数人の増援と、カイネリ技師長たち技術者組合テクナギルドの手勢とを合わせて、二十人少しが揃った。百人を超える規模を誇るという衛視隊と対決するには、いかにも貧弱な陣容ではあるが、とにかくこの人員で何とかするしかない。

 技師長たち組合員たちは、濃緑色のキャンバスシートに包まれた物体を採掘ドーム内から持ち出して来ていた。カイネリ技師長自身の巨体に匹敵するような、かなりの大きさのその荷物が、彼らの「武器」であるらしい。

 頭からつま先までを硬化樹脂で覆う、ずっしりと重い防嵐服レイン・コートを着込んだ状態で、そんなものを担いで沼地を歩いて行けるものなのか。しかし、技師長たちは平気な顔をしていた。


 あのパープル・ヘアーの職員がいるイミグレーションセンターを、ナフラム刑事を先頭とする我々はフリーパスで通過した。さらに風雨を防御する二重ドアを通り抜けると、その先はもはや半ば外界と言っても良い風除室だった。

 アーケード内殻よりも外側に当たるこの空間は、壁面を構成する鋼材も塗り固められたべトンもむき出しの、極めて殺風景な場所だ。それでも、極渦の嵐の中を駅から歩き続けてここへとたどり着いた時は、ずいぶんほっとしたものだったが。

 ナフラム刑事は、がらんと広いその風除室の片隅へと歩みを進め、壁面に取り付けられたスイッチを操作した。途端にその壁は、上方へと向かって開き始める。これはただの壁ではなく、シャッターになっていたらしかった。

 そしてその向こう側には、灰色のシートで厳重に梱包された直方体状の物体が横たわっていた。郡部諸街区連接鉄道ディジーチェーンを走る電動客車よりはいくらか小振りで、つまりなかなかの大きさだ。


 数人の刑事たちが、その物体を包むシートを手際よくばらして行った。やがて中から姿を現したのは、大型の自走車らしき乗り物だった。

 運転席のある先頭部が前方へと尖って突き出た、いわゆる流線型の車体。

 無数のリベットを打たれた何枚もの鋼板に覆われたその姿は、あちこちに赤錆が浮いているところなど、重耐候アーケードによく似ている。車体の下には、通常の車輪の代わりに、極めて幅広の金属履帯メタルクローラが取り付けられていた。

「こいつは……『耐候車』ですか。こんなものが、まだ」

 カイネリ技師長がうなった。

「我々の切り札ですよ。南方諸街区管理機構SLCMが各アーケードをパトロールするために製造されたわずか二両、そのうちの生き残りの一両がこいつなわけです」

 ナフラム刑事の話す口調には、得意げな色が混じっているようだった。


「南方深部の重耐候アーケード群は、早い時期に準自治権能サブ・オーガンを羽ヶ淵から勝ち取ってしまいましたから。これは、まだ管理機構が支配力を持っていた時代の名残ですね」

 マチルダ専務が、車体を見上げる。

「まあ、いずれ何かに使えるだろうと、整備だけは続けておったのですよ。そして、ついにやってきた出番、それが今だという訳です」

 そう言って、ナフラム刑事はうなずく。

「さあ、急いで乗り込んでください。すぐに出発しなければ、先を越されては意味がありませんからな」


 特に座席などもない、荷室のような車内に我々約二十人と例の荷物が乗り込むと、耐候車のエンジンはうなりを上げた。

 アーケード外殻のシャッターが開き、暴風雨が吹き込んでくる。耐候車はそんな極渦の下へと、幅の広い金属履帯メタルクローラを回転させて、泥濘に覆われた地面を踏みしめながら飛び出した。


(#43 「耐候車疾走、マクアウリ再び」へと続く)

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