#43 耐候車疾走、マクアウリ再び

 アーケード・べトラから駅への、たった一つの安全な道である「街道」には、すでにマクアウリ常務たちの部隊が展開している可能性があった。

 そこで我らの耐候車は安全なルートを無視し、全速力で一直線に駅へと向かうことにした。泥の海の上を力任せに突っ切る船のようなもので、履帯をぶん回す内燃エンジンは今にもぶっ壊れそうな悲鳴を上げ、車体は前後左右にめちゃくちゃに揺れる。油圧シリンダーを三本も使って動かすワイパーがいくら力任せに掻き取っても、フロントガラスはなお泥まみれのままだ。


「こ、ここれは大丈大丈夫、なもんもんなですか揺れ、揺れすぎだの」

 カイネリ技師長でさえ、不安そうな声を上げるほどだ。

「なあああに、この車はびくともせんでええすよ。『底なしピット』だけは避けまあすがねえ」

 ナフラム刑事が言った「底なしピット」というのは、かつて固体鉱物の採掘を行った際にできた巨大な穴らしかった。今はそこに泥濘が溜まり、うっかり踏み込んだものを地の底まで飲み込むのだ。こんなところにはまりこめば、耐候車と言えどもお終いである。


 ……などという知識も、実は後になって得たものだった。その時の私は床にへばりついたままで、声など出せる状態ではなかったのだ。自律統制暗示法オートジェニック・コントロールによって自立神経反射を抑制させ、強烈な乗り物酔いを防止するのが精いっぱいなのだった。

 しかし、これだけの思いをさせられた甲斐はあったようだった。通常、二刻ツー・オクロクを要する距離を、わずか小半刻で走破した結果、彼方に見えてきた「べトラ・アストラ」駅のドーム周辺に、衛視隊たちの姿はまだ見当たらなかった。先回り成功だ。

 機関をあまりに酷使したため、燃料のほとんどを使い切ってしまったようではあったが。


「よし、駅の周囲をこちらが先に固めて……」

 そう言いかけて、ナフラム刑事は絶句した。十時の方向から、接近してくる物体が見える。

 泥を激しくはね上げながら、金属履帯を回転させて走ってくる車両。それは、こちらと同じ「耐候車」に間違いなかった。しかも、我々のよりもずっと巨大な。

「信じられん、あれは『第壱号車ファースト』だ! しかも、衛視隊のエンブレム付きだぜ。どうなってんだ」

 コクピットの操縦者が声を張り上げた。

「馬鹿な、『第壱号車ファースト』はとっくに解体して地中に埋められたはずだ」

 ナフラム刑事が、操縦者に劣らぬ大声を上げる。


 つまり、前方から近付いて来るのは、かつて二両製造された「耐候車」のうちのもう一両、廃棄されたはずの一号車というわけなのだった。

 マクアウリ常務たち衛視隊が、そんなものをどうやって入手したのかは分からない。しかし、今まさにこの駅前で、二つの勢力が真正面からぶつかろうとしていることは間違いなかった。


「このまま突っ込むぜ!」

 操縦者が叫んで、舵輪ウィールを一気に回しながら、機関回転数をレッドゾーンまで上げた。横滑りを始めた車体は、地面を削り取るようにして前進し、べトラ・アストラ駅の正面で停止する。間もなく、わずか数ファーレンの目と鼻の先で、衛視隊の耐候車も停車した。

 後部ハッチを大きく跳ね上げて開き、我々混成部隊約二十人は耐候車から展開した。横殴りの風雨の中を、ずっしりと重い耐嵐服レイン・コートを着たまま、「べトラ・アストラ」駅の正面に取り付く。


 ドーム内のホームには、今までに見たこともないような列車が停まっていた。

 先頭の機関車は、暗灰色に塗装された鋼板で覆われた、岩山にごつごつとした姿をしている。その後ろに連なる客車も、同様だ。こいつは、最終兵器運搬のために、ランゲン社の連中が用意した装甲列車なのではないか。


「技師長、例の鉄軌機構の知り合いとは話がつくかね? 『極地支線』をちょいと運

休にしてくれと」

 耳元のスピーカーから、ナフラム刑事のしゃがれた声が聞こえた。羽ヶ淵本社経由で鉄軌機構に働きかけていたのでは、もはや間に合わない。

「今、ここからかね。残念だが、そいつは難しいな。端末がないし、『風境区』の支社まで伝書鳩メッセンジャーを飛ばす時間もない」

「そもそも、この嵐の中を飛べる鳩なんているのかしら? そんなタフな鳩がいたら、ぜひお付き合いしたいものだわ」

 マチルダ専務が、緊張した声で軽口を叩いた。

「タフさなら、わしだってちょっとしたものですぞ。ならばここで、奴らを撃退してみせましょうかな」

 カイネリ技師長はそう言うと、周囲の仲間たちに合図して、濃緑色のキャンバスシートに包まれたあの物体を耐候車の車内から運び出した。


 梱包を解くとその中からは、車輪付きの台座に乗った、太く短い筒状の物体が姿を現した。その重量は、激しい嵐の中でも微動だにしないほどだ。

 掘削用の、走査型コヒーレント光発生器。つまりは私のベッドを灰にしたのと同じ、熱光線照射装置だ。物騒な道具だが、今はまさにその威力に頼ろうとしているわけだった。

「だけど技師長、気を付けて。もしも熱光線が致命兵器自体を直撃してしまったら……」

「分かっておりますよ。ドカンと言ったら、ここら一帯はお終いですな」


 前方の耐候車から、カーキ色の防嵐服レイン・コートを着た人影が、次々と姿を現し始めた。激しい風雨で定かには見えないが、数十人はいるだろう。ついに「衛視隊」との全面対決ということになる。

「くそっ!」

 熱光線照射装置の操作盤に取り付いていた技師長が、短い罵声を上げた。

「どうしたね、技師長」

 ナフラム刑事が訊ねる。

「やつら、全員が銀色のトランクを後生大事に胸に抱えてやがる。あの中身がマイクロ致命兵器フェイタル・アトムだったら……」

「致命兵器の製造は簡単ではないわ。彼らが、大量生産に成功している可能性は低いはずよ。でも……」

「そうだ。どれが本物か、分からん。これでは手も足も」

 その時突然、爆発的な高笑いの声が耳元のスピーカーから響いた。

「驚いたよ、まさか君ら管理機構に先回りされるとは。まだそちらも耐候車などを保有していたとはな」

 それは、マクアウリ常務の声だった。


(#44 「マクアウリ常務ⅤSゼロ・コーネル」に続く)

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