#44 マクアウリ常務ⅤSゼロ・コーネル

「そちらこそ一号車などと、どこでそんな亡霊のようなものを手に入れたのかね?」

 今度はナフラム刑事の声がした。

「亡きベニトビ君が言っておったろう。残っていないはずのものが、残っている。それが、地下だよ」

 常務は笑った。

「しかし君らも、まさかその大砲を使う訳には行かんだろう? 正解を引き当てたら、わしらも君らもみんな、地上から消し飛ぶのだからな」


「いいじゃないかね、それも」

 私は、口を開いた。自律統制レベルは最高状態にまで調整完了している。しかし、相手の顔も見えず、無線ラジオを通して歪んだ声から読み取れる感情のみで、どこまでやれるか。

「私は、第四調査部副部長の直命を受けた特命機動調査官だ。指令を完遂する義務がある。見事その正解を引き当てて、ここで爆発させてしまえば、シティは安泰。めでたくミッション・コンプリートだよ」

「嘘を言え。あのゴライトリーに、そこまで忠誠を誓う者などおらんよ」

 なるほど、そう言えばこのマクアウリも、シティ保安警察の武装警備隊AST出身なのだった。副部長の腹黒さは、先刻承知というわけだ。


「副部長をその爆弾で吹っ飛ばすことについては、私にも異議はないとも」

「気が合うじゃないかね」

「ただ、贔屓にしてるお菓子屋があるんでね、高度集積地区コア・エリアのそばに。あのモンブランを灰にするのはいただけないな」

「甘いものは好かんな。やはり、わしらは気が合わないようだ」

 私と常務とのやりとりが始まってから、衛視隊の連中はその場から一歩も動けずにいた。カイネリ技師長の熱光線が全滅覚悟で、本気で奴らを薙ぎ払うかも知れない。その疑念を地雷原のように足元へと埋め込むことには、とりあえず成功したのだ。


 私が考えていたのは、ゴライトリー副部長が出した指示の意味だった。

 わざわざ武装警備隊AST投入による制圧行動を予告してピンチを招く、そんな無意味なことをするはずがない。彼の腹黒さについては、マクアウリ同様、私も100%の信頼を置いている。

 だとすれば、この状況には必ず必然性がある。つまり、常務たちがこの場所にやって来て、こうして足止めされていることまで含めて、副部長の狙い通りのはずなのだ。

 ならば、本気で勝つつもりで駆け引きを打ったほうが良い。それだけ多くの、時間が稼げる。そして必ず、何かが起きる。


 マクアウリ常務の本当の狙いはどこにあるのか。大義に準じて、命を落とすことも厭わないのか。それとも、あくまで現実的な有利を勝ち取ることを最終地点としているのか。

 奴は、あのベニトビ部長とは違う。答えは、恐らく後者だ。だとすれば、今行われようとしているのは「大人」対「大人」の、「利益の最大化」を巡る取引ディールだ。展開も読みやすい。

 彼らにとって最大の勝利となるのは、シティ中枢の壊滅による、南方による世界の支配の実現だろう。これをプランAとする。

 しかし、そのプランが成功する確率は高いとは言えない。ここで我々を打倒しても、その先には羽ヶ淵傘下の本隊が待ち構えている。奴が破滅を前提にしていないとすれば、バックアップとなるプランB以降が必ずあるはずだ。

 そいつを奴から引き出す。そのためには、「大人」対「大人」では駄目だ。奴があくまで「大人」の位置なら、こちらは「老人」でも「子供」でもなく、その埒外、つまり「狂気」の炎を吹き付けてやればいい。


 私は両腕を、荒れ狂う空へと向かって大きく挙げた。

「さて、それでは世界の終わりを祝う『祭り《カルナバル》』を始めましょうか。カイネリ技師長、まずはあいさつ代わりに最初の一撃をお願いしますよ。連中を鋭く、華麗に切り裂くやつをね」

「しかし、コーネル先生、それは……」

「駄目です、危険すぎるわ」

 マチルダ専務たちの反応は、予想通りだった。彼らは、現実リアルを生き抜くまっとうな人々だからだ。自滅など、決して選ばない。


 しかし、カーキ色の防嵐服レイン・コートの群れは、一斉に後ずさった。各々装備した熱光線銃サーマレイを、こちらに向けようともしない。

「専務、技師長。もはやこれ以外に、我々に手は残されていないのですよ。高度集積地区コア・エリアに暮らす数百万人と、我が愛する絶品モンブランを地上から消し去るわけにはいかない」

 身体を叩く暴風雨の中、私はゆっくりと熱光線照射装置に向かって歩み寄った。

羽ヶ淵ウイング・アビスを代表するものとして、私が全ての罪を引き受けましょう。さあ、装置の照準を私に」

 防嵐服のラゲッジ・ポケットから、私はブルーライト照射用の高出力懐中電灯を取り出した。技師長のヘルメットに、突き付ける。

「先生、駄目だ!」

 カイネリ技師長が絶叫した。


 しかし……エンジニアである技師長には分かっているはずだった。防嵐服のヘルメットに取り付けされたバイザー・グラスは、有害な周波数を持つ電磁波をカットするようになっている。一瞬のアクシデントが生命にかかわるような、過酷な状況で使われる装備として、これは当然の機能だった。

 つまり、ブルーライト攻撃など効くはずがない。技師長はそんなこと、先刻ご承知なのである。こいつは即席の、コンビネーション・プレイというやつなのだった。


「待ちたまえ、コーネル!」

 常務は叫んだ。狼狽した声。しかし、無線ラジオの歪んだ音越しでは、演技かどうかまでは見抜けない。

「君がその何とかいうケーキを愛しているように、わしだって、べトラやランゲン社が大事なのだ。あそこには、大勢の人間が暮らしている」

「モンブラン」

 私は訂正した。

「ああ、モンブラン、モンブラン。モンブラン! ……専務、技師長、君らも聞いてるだろう。この男は駄目だ危険だ。所詮は羽ヶ淵ウイング・アビスの工作員だ。我らのべトラを吹っ飛ばしてでも、シティを守る肚だ。敵なのだ。我ら南方の敵だ」

「そもそも、この事態を招いたのは常務、あなた自身よ。自らの愚かさを恥じなさい!」

 マチルダ専務が一喝した。

「すぐに、致命兵器フェイタル・アトムを私に引き渡しなさい。無効化処理します。それで全て終わるわ」

「そうじゃない、そういうことではない。それは出来ない相談だ」

 うなるように低い声で、常務は彼女の指示を拒絶した。



(#45 「殺戮、悪夢のプランB」に続く)

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