#45 殺戮、悪夢のプランB

「それじゃ駄目なのだよ、マチルダ。羽ヶ淵ウイング・アビスに、南方をみんなくれてやることになるだけだ。それでは御父上、ホールデン・ウォルツ社長のご遺志に背くことになる。あのド・コーネリアスが描いた、いびつな世界が永遠に続くだけだ」

 マクアウリ常務が口にしたのは、この世界を支配する者の名前だった。ド・コーネリアス。羽ヶ淵本社会長。

「世界唯一の巨大都市に支配される世界? まともじゃない。しかし、いいだろう、シティを吹っ飛ばすのは諦めようじゃないか、この際。コーネル君も、それには納得だろう?」

「なかなか、賢明な選択だとは思いますね」

致命兵器フェイタル・アトムの使用を凍結する、これを確約しよう。我々が引き続き、安全な場所で厳重に管理する。今まで通りに、我々南方諸街区の準自治権能サブ・オーガンを保証してくれさえすれば良い。こんな危険なものが、二度と地上に出てくることはない。それで何もかも、今まで通りだ」


「それを今まで通り、とおっしゃるのはいかがなものでしょうかね」

 私は苦笑して見せた。無線ラジオ越しに、うまく伝わったかどうかは分からないが。

「大陸の南に、シティを吹き飛ばせるだけの破壊力を持つ爆弾が眠っている。その状態で、我々が今まで通りに枕を高くして眠れるとは、到底思えないのですがね」

「そうだろうね。しかし、うまい方法が一つだけあるんだよ。我ながら、良く思いついたものだ」

 常務は、得意げな声を張った。

致命兵器フェイタル・アトムの設計図を、そちらにも差し上げようじゃないか。君らも、同じものを作ればいい。お互いの首もとに手をかけた状態だ、どちらも簡単には動けまい。これで平和が訪れる」

「何を言い出すの」

 マチルダ専務が、悲鳴を上げた。


 これが、プランBというわけだった。そして、私も一つの答えを得た。マクアウリ常務も、やはり正気ではない。このような、悪夢のような提案を持ち出してくる人間が、正気の訳がない。

 その時。暴風雨の中で、何かが一斉に動く気配がした。常務の指示により、衛視隊たちが行動を起こしたのか。いや違う、彼らはその場にとどまったままだ。

 次の瞬間、激しい衝撃音が耳を叩いた。銃声。

 思わず身構えた私が見たのは、衛視隊の一人が頭から血を吹き出して倒れる姿だった。小さなトランクを、胸に大事に抱いたまま。

 続いて、連続する何発もの銃声が、嵐の中を貫いて響いた。濃緑の防嵐服レイン・コートに身を包んだ衛視隊が、片っ端から倒れて行く。激しい風雨が、彼らの血で紅く染まるほどに。


「何だこれは、一体誰の」

 マクアウリ常務の叫びは、途中で遮られた。ゼロ距離から放たれた銃弾で、脳を吹っ飛ばされたのだ。あまりにも、呆気ない最期だった。

「お待たせしましたな、コーネルさん」

 耳元のスピーカーから聞こえたその声に、記憶があった。

「あなたは――ロイド博士。そうですね?」

 今から約一週間前――あれから、わずか七日程度しか経っていないのだ――高度集積地区コア・エリアの超々高層ビル、その一室で私が引導を渡したロイド博士。自らが発明した品によって、資金を出した羽ヶ淵本社に逆らって独断で事業を興そうとしていた男。聞こえてきたのは、間違いなく彼の声だった。


 私は周囲を見回す。しかしそこには、ナフラム刑事たちとカイネリ技師長たちが、謎の殺戮劇を目の当たりにして呆然と立ち尽くしているだけだった。

「そろそろ、良いでしょう。多角的光学迷彩オプティカル・マルチカム、解除」

 ロイド博士のその言葉と同時に、目の前の風景が一変した。銀色の防嵐服レイン・コートに身を包んだ、数十人にも及ぶ人影が、突如姿を現したのだ。

 彼らの右腕には、「AST」の隊章があった。シティ保安警察、武装警備隊。羽ヶ淵傘下でも最強の、強行武装組織。


 私のすぐそばにも、いつの間にかその一人が立っていた。ロイド博士、その人らしかった。

「コーネルさん、あなたが本社に話をつけて下さったおかげです。あれからすぐに、第四調査部のゴライトリー副部長からの協力依頼がありました。最高の形で、私が開発した技術の実証実験を行うことができたわけです。防嵐仕様でステルス・スーツとガン・ホルスターを試作しておいたのが幸いでした」

 なるほど、そういうわけか。ロイド博士が発明した多角的光学迷彩オプティカル・マルチカム技術を使えば、姿を完全に隠して行動することが可能となる。元々視界の利かない、こんな激しい嵐の中であればなおさらだ。


 この一帯に密かに展開していた彼ら武装警備隊ASTは、衛視隊各隊員の傍に忍び寄り、至近距離から頭をぶち抜いたのだ。致命兵器フェイタル・アトムを起動する間もなく、常務たちは絶命したということになる。

 しかし、いくらなんでも部隊の展開が早すぎた。

 最速の強行飛行艇を使ったとしても、私の報告を受けてから部隊を派遣していたのでは、こんなタイミングでここまで来られるはずがない。極渦の下では飛行装置は使えず、列車以外の高速移動手段が事実上存在しないからだ。

 恐らく、ホームに停まっているあの謎の装甲列車が、彼ら武装警備隊ASTを運んで来たのだろう。しかし、例えどんな高出力な車両でも、路盤の貧弱な「極地支線」を高速走行することは不可能だ。どうしたって、この区間だけでも丸一日はかかる。


 つまり、こういうことだ。私が保安部隊詰所の端末コンソールから、ゴライトリー副部長への緊急報告書を送付した時点で、すでに武装警備隊ASTシティから出撃していた。それ以外に考えられない。

「お疲れ様でした、ミスター・コーネル」

 嵐の中を近づいてきたのは、武装警備隊ASTの隊長らしかった。防嵐服レイン・コートで顔は分からないが、腕の隊章には階級表示がある。

「あなたの、特命機動調査官SSMSとしての任務遂行ぶりは見事なものでした。叛逆の証拠をあぶりだし、連中をこの場におびき寄せた。素晴らしいご活躍ぶりでした」

 そう言って隊長は敬礼してくれたが、私の心境は複雑だった。

「しかし私の報告が、果たしてその役に立ったのでしょうかね?」

「ははは、ご謙遜を。ミスター・コーネルのご活躍は全て、携帯コンソールを通じて逐一報告されていましたから。間違いありませんとも」


 あっと声を上げそうになって、慌てて飲み込んだ。全書ペディか。「通信機能はない」というゴライトリーの言葉、あれは丸っきりの嘘だったのだ。どういう通信手段を用いて報告していたのは知らないが、愛しの「リサⅢかのじょ」は実は私の監視役だったらしかった。やれやれ。


(#46「最終処理、ゼロ・コーネルの署名」に続く)

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