#46「最終処理」、ゼロ・コーネルの署名

 意外な事実に困惑している私の前に、銀色の特殊防嵐服レイン・コートを着た隊員がもう一人、両足をひきずるようにして近付いてきた。

 泥沼の地面を、重い服を着て移動しようとすると、こうならざるを得ない。特殊機能を装備している分、通常の防嵐服よりもさらに重量があるのだろう。

「隊長。あちらの処理も、準備完了しました。作業隊の退避も完了しております」

「了解した。それでは、『最終処理』を実行!」

「最終処理、実行!」

 復唱した隊員と隊長、それにロイド博士が同じ方向へと顔を向ける。

 その直後、暴風雨の彼方で、ずっしりと重い爆発音が響いた。やがて、まるで竜巻のような巨大な白い雲が、暗い空に立ち昇る。降りしきる雨を巻き込んだ爆風が作り出した、空気の渦だった。


「『最終処理』とは?」

 私は、隊長に訊ねた。

「ミスター・コーネルの調査によって判明した反逆者の拠点、『第九採掘ドーム』と呼ばれているのでしたか、その場所を地中深くから爆破処理しました。これで、奴らもおしまいです。後に残るのは『ピット』だけでしょう。連中がよみがえらせた厄介な物質も情報も、これで地の底に戻ったわけです」

 第九ドームで出会ったあの男たち、モヒカンとスキンヘッドの巨体三人組を私は思い出した。彼らはちゃんと、退避できただろうか。それに、私のブルー・ライト攻撃をまともに喰らった工区長も。


 しかし、羽ヶ淵ウイング・アビスによる「最終処理」は、決してこれで終わるわけではない。ランゲン社は徹底的に絞り上げられることになるだろう。

 そして南方深部ディープ・サウスは、シティの完全支配下に入る。莫大な、有価鉱物の富と共に。

 本社に雇われたプロとして、私は仕事をした。その結末がこのような形になることも、良く分かっていた。しかしΣ-PIAとしてのこの私、ゼロ・コーネルとしては、自分の仕事の最後に署名シグネチャーを入れたいと考えていた。自分の納得の行く結末、という署名を。

 ゴライトリーは、あまり良い顔をしないかもしれなかったが。


 耐候車は二台とも燃料切れになってしまっていたから、我々保安部隊と技術者組合の混成部隊も、帰りは徒歩ということになった。武装警備隊ASTの後に続いて、名ばかりの「街道」を歩き始める。

 高齢のロイド博士は、停車中の装甲列車内に留まることになった。もはや、光学迷彩技術が必要になるような敵も、残っていなかった。

「これから、我々ランゲンはどうなってしまうのでしょう。常務たちの暴走を止められなかった、私たち自身が招いた結果ではあるのですが……」

 嵐の中、ぬかるんだ道を黙々と歩いていた時、マチルダ専務のつぶやくような声が耳元で聞こえた。

 こちらのグループ内でしか聴こえない、暗号化秘話モードの、ざらざらとした音質。しかし、武装警備隊ASTの連中には簡単に解読傍受可能だ。専務も、それは知っているはずなのだが。

「羽ヶ淵も、我が社を完全に解体しようとまではせんでしょう。我々の技術とノウハウ、それは生かしておいたほうが、連中にとっても都合がいいはずです。どうでしょうか、コーネル先生?」

「前にも言ったかも知れないが、私は引き受けた仕事を、必ず成功させることにしている。ちゃんと報酬を受け取っているのだからね」

 その報酬だった液体通貨リキドマネーは、故ベニトビ氏の攻撃によって、シャツの染みに変わってしまってはいたが。


「PIAとして依頼されたのは、マチルダ専務の解任を防ぐことだ。私はその任務を、完了しなければならない。専務には、引き続きランゲン社の指揮をとっていただくつもりです」

「でも、コーネルさん。前にもお伝えした通り、羽ヶ淵の使い走りになってまで、地位にしがみつくつもりは、私には……」

「それは、あなた次第なのですよ、マチルダ専務。確かに羽ヶ淵側は、現場の信頼が厚いあなたには利用価値があると考えているでしょう。偶然私が受けることになった技師長たちの依頼は、本社にとっても非常に都合が良かった。だから、私の多重的な立場をうまく使って、画を描いたわけです」

 ロレンス・ゴライトリーの重そうな眉と瞼が、皮肉な笑みで持ち上がるのが目に浮かんだ。副部長には、全てお見通しだったのだ。


「しかし、であれば、現場の防波堤になれるのもあなただけだ。戦略を、駆け引きをお考えなさい。羽ヶ淵との共存を計算なさい。論理思考に長けているあなたなら可能だ。私にもできるのですからね」

 武装警備隊ASTに傍受されている、それを承知で私はそう告げた。

「その通りだ、先生! 専務、あなたには死ぬ気で踏ん張ってもらわにゃならん。わしら現場も、命がけで支える。羽ヶ淵の連中が、採掘した共通液体通貨リキドマネーを欲しいというなら、渡してやれば良い。我々は、日々の仕事をするだけだ」

 恐らく、技師長も傍受に気付いている。我々の会話は、ある種の恭順の意を示したものとして、本社に伝わるだろう。

「死んでしまっては駄目よ、わたしも、あなたたちも」

 専務は笑い出した。

「わかりました。まずは、流れに沿いましょう。もしもそういうお話があれば、お受けします。……わたしも、PIA資格を取ろうかしら」

「あなたなら、Ω-PIAだって取れますよ」

 私は、太鼓判ヴァウチャーを押した。


 風除室を経由して、防嵐服を外し、再びアーケード・べトラの内部へ。

 武装警備隊ASTの一団が加わって出発時の数倍の人数に膨れ上がった我々を、イミグレーションの女性職員は、驚いたような眼をして見ていた。彼女も管理機構の職員ではあるが、この間にどんな大事件が起きていたのか、特に知らされてはいないだろう。

 物々しい武装集団が、専務たちに先導されて通りを行進する様子に、すれ違う住民たちも不安そうな表情を見せた。しかし幸い我々は、すぐに地下通路へと姿を隠すことになる。向かう先は第一採掘ドーム、つまりランゲン本社だった。


(#47 「二人の命」へと続く)

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