#50 慌ただしき別れ、さらばアーケード・べトラ
作戦終了、ということで
私は、彼らの乗って来た装甲列車に便乗させてもらえることになった。風境区からは飛行艇に乗り換えることになり、こちらへ来た時とは比べ物にならないほどの短時間で北方へと帰れることになる。
しかしそのために、このアーケード・べトラで知り合った面々とは、ろくに別れの挨拶もできないままに、南方を去ることになってしまった。
本当は、あの
そして誰よりも、エルメリナ。彼女ともう一度ゆっくり話がしたかった。彼女は一体、どこからやってきて、こうして南方深部に自分の居場所を決めることになったのだろう?
しかし、もしも旅立ちまでに十分な時間があったとしても、彼女と会うことはできなかっただろう。彼女は、この事件の関係者とは誰一人、決して会おうとはしないとのことだった。その気持ちを考えれば、当然のことなのかも知れなかった。
そういう訳で、
「そう言えば結局、未解決の事件が一つだけ残ってしまいましたな」
殺風景な風除室の片隅に置かれた、金属パイプで組まれたベンチの上で、ナフラム刑事が思い出したように言った。四人で簡単なテーブルを囲むことができるようになっているその場所は、旅立つ者との歓談スペース、ということに一応なっているらしかった。鋼材とべトン壁がむき出しのこの場所では、外で吹き荒れる嵐の音がはっきりと聞こえる。
「ヒサーン・ボツモブ氏の件ですね。元々は、彼の事件を捜査するための令状がきっかけで、事態がここまで進んだわけですが」
暗い地下のトンネルで、上・下半身バラバラでレールの上に転がることになったボツモブ氏の無念を私は思う。気の毒だが、ある意味功労者なのかもしれない。
「でも『衛視隊』の仕業なのは間違いありませんし、連中の大半は『処理』されてしまいました。ボツモブ氏もまずまず納得じゃないですか?」
隣のクレヴァ刑事が、にこやかに物騒なことを言った。
「……まあ、遺体の発見された辺りに、簡単な慰霊碑でも立ててやることにしますよ。化けて出られても困る」
ナフラム刑事が、真面目な顔で言った。
「おや、そろそろ皆さん、出発のようです」
武装警備隊員たちのほうを振り返って、技師長が言った。彼らは全員、例の重い特殊防嵐服を装着し終えたようだった。もはや、光学迷彩機能を発動する必要などないのだが、これしか装備が無いのだからしょうがない。
「実にお名残り惜しいが、先生。お別れですな。本当は、あの列車が走り去るところまで見送って差し上げたいのだが……」
それは、私のほうから遠慮させてもらった。わざわざあの極渦の中を往復させてまで、駅へと見送りに来てもらうわけにも行かない。
「私も、それに技師長たちも、またお仕事で
マチルダ専務が、ほっそりとした右手を差し出す。
「ええ、美味いお店へお連れしますよ。暫定市街地にいい店がありましてね、あの
その手を握って、私はうなずきかけた。
「楽しみにしていますわ」
彼女は、柔らかく微笑んで見せた。
「それはさぞかし、楽しい夜になるでしょうな!」
技師長が、豪快に笑った。
視界を塗りつぶすような激しい嵐の中、我々一行は駅へと向かって出発した。
こんな天候下で、一番前を歩かされるというのはむしろ迷惑なのだが、規律でそうなっているらしいから仕方ない。相手は軍隊だ。
ぬかるんだ泥の地面が足を引きずり込もうとしているかのような「街道」を歩きながら、早くも息切れした私は少しだけ立ち止まって、背後を振り返った。
暴風の中、一切動じずそびえ立つ、あちこちに赤錆びの浮いた鋼の山、重耐候アーケード・べトラ。
あの中には明るい街があり、多くの人々が暮らす。技師長や専務、眠るピクルス氏にエルメリナ、二人の刑事たち。
しかし、今こうして巨大な重耐候アーケードを見上げてみても、様々な出来事のほとんどが、嵐に閉ざされたこの人工空間の中で起きたのだとは、信じがたい気持ちだった。
彼らの「普通」の暮らしは、これからもずっと続いて行くのだろう。その地下から、この世界にとって価値のあるものが産出される限り。
ようやく、べトラ・アストラ駅を覆うドーム屋根の下にたどり着いた時、私は疲れ果てていた。他の隊員たちは、私のよりもずっと重量のある特殊装備に身を包んでいるにも関わらず全く平気そうだ。
そもそも私は、こういう体力仕事に向いた人間ではない。全く、違う。今回の任務は、色々無茶をしすぎたのだ。
暗灰色の鋼板に覆われた、いかにも無骨な外見の装甲列車ではあったが、その内部はカイネリ技師長と旅したあの「南方特急」などよりもずっと立派な作りだった。
床は板張りではなくカーペット敷きだし、壁が鋼板むき出しということもない。窓枠の木材には、蝶や花を象った飾りさえ施されている。鉄軌機構の総裁もこの列車を利用することがあるらしい。
ありがたいことに、隊長級待遇の私には個室が割り当てられていた。苦労して隊列の先頭を歩いた甲斐があったというものだ。
憂鬱な
時折目を覚まし、窓の外を眺めてみても、そこに見えるのは暗い窓を打つ雨粒や、砂と岩ばかりの荒野で、私はたちまち再び眠り込むということになった。
そんなわけで、ほぼ眠り続けたままで、私は約一昼夜に渡る「極地支線」の旅を終えることになった。
(次回、#51「最終話、
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