第四章 ゼロ・コーネル氏の冒険、明かされる陰謀

#31 やって来た刑事、共同戦線

 朝食の時間になっても、ユズハ兄妹はダイニングには降りて来なかった。すっかり酔いつぶれて、そのままぐっすり眠っているのだろう。

 その代わりに意外な人物が、ベーコン・エッグを食べていた私の前に姿を現した。

「お早うございます、ミスター・コーネル」

 鳥打帽を軽く上げながら挨拶してくれたのは、ベッドを焼かれた時に世話になり、パスタ屋での騒ぎでも顔を合わせた、あの初老の刑事案件探索員デカだった。確か、ナフラムと言ったか。


「やあ、刑事さん。お疲れ様。こんな朝早くから、もうお仕事ですか」

 と私もにこやかに挨拶を返す。もしかすると彼の登場は、私にとって都合のよいものになるかもしれなかった。

「先生にお会いするには、この時間が一番確実かと思いましてな」

 古びたベージュのギャルソン・コートを着たまま、ナフラム刑事は私の向かいに座った。しかし、このアーケード・べトラに来て以来、なかなか一人でゆっくり朝食をとる機会がない。


 近付いてきたウェイターに、刑事はブラック・コーヒーを注文した。

「眠気覚ましですわ。昨晩は遅かったものでね」

 と笑った彼は、

「で、本題ですが。先日、あの立ち食い屋で我々が拘束し損なった、あの活動家を覚えていらっしゃるでしょうね?」

「ええ、もちろん」

 私はうなずいた。「羽ヶ淵ウイング・アビスによる世界支配打破!」という物騒な内容のポスターを、パスタ屋の女の子に押し付けようとしていた男。

 この刑事が正規の手続きに則って拘束しようとしたところを、テンゲン社の私設警備部隊、「衛視隊」によって妨害されたのだった。


「確か、十五条委員会コートから令状が出れば、あなた方に身柄を引き渡すと」

「その通りです。しかし、そうはならんかったのですよ」

 ナフラム刑事は、顔をしかめた

「例の反体制運動家、名前をヒサーン・ボツモブというらしいんですが、こいつが死体で見つかったんですわ。『TUBE』の線路の上で、胴体が真っ二つになっておってですな」

 思わず私も、しかめ面になった。あの暗い地下鉄のトンネルで、轢死体となって転がるというのは、愉快な経験ではないだろう。


「ランゲンの連中は、移送の途中で逃げられたなどとほざいておりますがな。消されたのは明らかです。まさか、そこまでするとは」

 ナフラム刑事は肩をすくめて、テーブルに視線を落とした。

「この土地において、我々に出来ることはあまりにも少ないのです。こうして、愚痴を繰り返す意外にはね」

 彼の境遇には、同情するしかなかった。


「取りあえずは、あの場に居合わせた人間に聞き込みを行っておるのです。何か気付いたことはないか、とね。あの店の店員も、ボツモブの無残な死には同情しておりましたよ。もう二度と来ない、という点には安心しているようでしたが」

 刑事は声を潜めて、私の顔を見た。

「こんなことをしてみたって、成果など出やしません。ただ、コーネル先生、あなただけは立場が違う。ランゲンの社長にも、対立する連中にも、どちらにも通じておられますな? この事件に関わりがあるとは思わんが、少し力になっていただけませんかね。これも何かの縁ではないかと」

 調べるべきことはちゃんと調べている、というわけらしい。この男もまた、あまり甘く見ないほうが良さそうだ。


「PIAとしての正規の依頼と言うことなら……」

 私はとぼけてみせる。

「いやいや、なけなしの捜査費用から、高額の報酬などとてもとても。しかし、先生」

 ぐっとこちらに顔を近づけて、刑事はさらに声を落とした。

「あなたも我々と同じ、羽ヶ淵傘下の人間でしょう? 本社の調査部辺りが、このべトラ並びにランゲン社の情報を漁っているらしいという話は、風の噂程度にはここにも届いているのですよ。我々と助け合うことも、できるんじゃないですかね?」

 私は苦笑いした。大したものではないか。南方諸街区管理機構SLCMなどという、辺境の組織に属する保安部隊と言えども、その情報収集能力は馬鹿にならないようだ。


「仕方ないですね」

 ジャケットの内ポケットから個人属性票ユニークカードを取り出した私は、カードケースの内側に折りたたんで隠した、一枚の書類を開いて見せた。さすがに、身分を明かさざるを得ないだろう。

「……なるほど」

 その書類、特命機動調査官SSMSの委嘱状を、ナフラム刑事は目を細めて確認した。

「第四調査部、ゴライトリー副部長直轄の特命調査官とは……。我々の、上の上のまた上と言ったところでしょうかな。一体、本社はランゲンをどうするつもりなんだね」


 そんな彼に向かって、私は咳ばらいを一つしてみせた。

「さて、これを見た以上、あなた方にも第四調査部に協力してもらうことになりますよ」

「えらいものを見てしまった、というわけですな」

 今度は、刑事が苦笑する番だった。

「で、コーネル先生は何を追っているのです? わしらに、何をしろと?」

「行かなければならない場所があるのですよ。第九採掘ドーム、という所へね」

「ほう。ランゲンが採掘準備中の、新瑠璃井るりせいですな」

 暴噴事故ブロー・アウト発生の恐れがあると、マチルダ専務が掘削に強硬に反対したという、最新の瑠璃井るりせい。全ての答えがそこにあると、ピクルス社長はそう言ったのだ。その場所に、世界の命運がかかっているのだと。


 私一人の手に負える事態ではなさそうだったが、シティ当局の応援を要請するにしても、まずは実地調査が必要だ。社長は、情報を提供すると申し出たが、それがフェイクではないという裏付けを取らなければならない。

 マクアウリ常務たちの一派が支配している第九採掘ドームへは、社長でさえも容易に立ち入ることが出来ないという。そんな場所へ単身潜入するのは、並大抵のことではない。しかし、保安部隊の刑事による殺人捜査ということならば、話は違ってくる。

「とはいえ、十五条委員会コートの令状が必要ですな」

「すぐに用意させましょう。一刻ワン・オクロクほど、お待ちいただければ」

 天井から吊り下げられた球状時計を、私は確認した。

「やたらと面倒な手続きを取らされるあの令状を、そんなにすぐに、ですか。さすがに便利なものですな、特命調査官ともなると」

 ナフラム刑事は、にやりと笑ってみせた。


(#32 「捜査令状、保安部隊詰所」に続く)


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