#17 ゼロ・コーネル氏の駆け引き、彼のやり方
私の席は、技師長のすぐ隣だった。ちょうど向かい側には、件のピクルス・ジュニア社長。色白で彫りの深い顔をした、なるほど男前だ。
左右にはベニトビ部長と、彼と同じく社長の腹心だという常務らしい男が座っていた。名前は、確かマクアウリと言ったか。頑固そうな顔立ちで、がっしりとした体つきがいかにもタフな印象を与える。
社長の背後にはエルメリナが、無表情なままで立っていた。あれは、感情を隠そうと意図的に作った無表情だ。私の打った布石は、やはりいくらか効いているようだった。
「それでは、これで全員揃ったようですので、
ベニトビが口火を切った。
「渉外部長。お言葉だが、これは意見交換などというものではありませんぞ。我々の要求に対する、返答を聞く場だ」
カイネリ技師長の言葉に、「そうだ!」「不当な認識であるぞ!」という声が、組合側から一斉に上がる。
「で、専務の更迭は、もちろん撤回していただけるのでしょうな?」
さらに畳みかけるように、技師長が語気を強めた。
「その話の前に」
今度は、社長の右側に座るマクアウリ常務が、口を開いた。
「技師長の隣に、見慣れない方がおられるようだ。部外者を呼んだ以上、どういう人物なのか、説明をいただきたいが」
「なるほど、それはもっともですな。もっとも、あんた方経営陣のほうが、この方についてはすでに良くご存じなんじゃないかと思いますが」
技師長は皮肉を口にした。
「こちらは、
「Σ-PIAのゼロ・コーネルです。よろしく」
立ち上がり、私はごく簡単に名乗った。
「はるばるお越しいただきまして、ご苦労様なことですな。昨晩は良く眠れましたかな?」
常務が、薄笑いを浮かべた。灰にしたベッドのことを暗に言っているのだろうが、だとすれば、こいつは大した男ではない。この場で私相手にそんなことを誇示してみせても、何の効果もないのが分からないらしい。
「おかげさまでね、ぐっすりと」
とだけ、私は答えた。ベニトビ部長は無表情のままでうつむいているが、余計なことを言う常務へのいら立ちが見て取れた。
「しかし、PIAさんでは、専門的な事項についてのアドバイスなど難しいでしょう。わざわざ遠くからご足労願った意味はありますかな?」
常務は再び、私の顔を見て薄笑いを浮かべた。挑発のつもりなのだろうが、この程度の男など、もはや相手にする必要もない。制御する必要もなく、何の感情も動かなかった。
「……まあ、良い。では、専務の処遇についてお伝えしようか。更迭は、撤回しない。彼女は、社として策定した増産計画を達成できなかった。目下の液体ラピスラズリ採掘量は、目標に全く届いておらん。このままでは、経営危機の可能性もある。技術担当として、更迭は当然である」
「何を言うか!」
技師長が吠えた。
「あんな増産計画が実現不可能であることは、技術的に見れば明白ではないか! 実現不可能な計画を一方的に策定して、専務を追い詰めたんだろうが!」
つまりは、そういうことだった。先代社長の娘であり、現場の人気も高いマチルダ専務が邪魔になったピクルス社長たちは、無茶な増産計画を役員会で一方的に決議し、それが達成できなかったことを理由に追い出そうとしているらしいのだ。
「明白? そんなことを誰が決めたのだね。我々が推進する方法なら可能だ。それを、技術的に問題があると、一方的に難色を示したのは専務ではないかね」
「役員の任免は、経営側の専権的管理運営事項に属することです」
ベニトビ部長が、静かな口調で続けた。
「本来であれば、このような協議の場で話し合う内容ではないのです。ただ、マチルダ専務は技術部門の最高責任者でもありますから、
言葉は丁寧だが、言いたいことはつまりこうだ。「黙れ」と。
「専権事項、と簡単に決めつけるのはどうでしょうか」
ここで私は、口を開いた。
「この場合、技術的見解の相違が、問題の根本にある。そこを解決せずに、一足飛びに専権事項を持ち出すのは、正当性を欠くと言わざるを得ませんね。
ベニトビは、ほんの一瞬だけ顔をしかめた。いかに有能でも、ポーカーフェイスのプロではない。
「あなた方経営陣は、
隣のカイネリ技師長が、大きくうなずいた。
「そう。その予定地点近くの地下には、大量の
もちろん私は、採掘関連の技術については全くの素人である。しかし、Σ-PIAの特殊技能の一つである圧縮化レクチャーによって、最低限の技術的知見は頭に叩き込んで来ていた。
実のところ、この知識自体は駆け引きに必須のものではない。門外漢のはずの
(#18「一気に叩き潰す、そういう眼をして」に続く)
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