#16 ランゲン本社、ベニトビ渉外部長の挑発

 階段が終わると、今度はしばらく水平のトンネルが続き、さらに再び階段を登るうちに、前方の頭上から激しい風音が聞こえてきた。いよいよ、地上に出るらしい。

 しかし、たどり着いたその場所は全くの屋外というわけではなくて、ドーム状の防嵐シールドに頭上を覆われた円形の広場だった。半透明のシールド越しに外界の、空の薄暗さが見て取れる。

 中心には五~六階建てくらいの小振りのビルがいくつか集まって建っていて、その周辺には様々な機械装置や巨大なプラント設備が配置されていた。

 むき出しの地面には砂や石がごろごろしているし、簡易な増硬繊維で作られたシールドは嵐が吹き付けるゴウゴウという音をそのままに伝えていたが、少なくとも風に吹き飛ばされたり、雨でずぶ濡れになったりという目に遭うことはなさそうだった。


 技師長はそのまま、中心にあるビル群へ向かって歩き続けた。どのビルも、その玄関はいくつもの鋲が打たれた鉄の扉で閉ざされている。

 ランゲンの本社ビルは、それらの中でも特に立派な、重厚な石造りの建物だった。玄関の左右には、濃緑色の制服を着た男たちが一人ずつ、熱光線銃サーマレイらしき武器を手にして立っている。

 服も装備も羽ヶ淵系のセキュリティーサービスとは異なる見慣れないもので、これはランゲン社が独自に保有する警備部隊らしかった。そのような部隊の存在が許されているというのが、南方深部の独自性を象徴しているようだった。


 カイネリ技師長が軽く右手を上げて挨拶すると、彼らは銃を下げて、我々を通してくれた。扉はやはり重そうだったが、技師長は片手で軽々と開いてみせる。

 エントランスのカウンターに座った受付嬢も、技師長の顔を見るなり、すりガラスの嵌った戸を開いて我々を奥に通してくれた。カイネリ技師長は、フリーパス扱いということらしい。

 ドアの向こうに続く廊下は、先ほどの地下通路のような殺風景なものとは全く違っていた。

 ダークグリーンのカーペットが敷かれた通路のその天井ヴォールトには白いベトンで塗り固められたアーチが連なり、何本ものバチェラー燈を組み合わせて幾何学模様としたシャンデリアがいくつも輝いている。

 両側に並ぶ木製の扉は見事に磨き抜かれて、それらの放つ光を映していた。羽ヶ淵本社ビルに匹敵する重厚さだ。


「ここで、しばらくお待ちください。社の人間が、すぐに迎えに来ます。わしは、技術者組合テクナギルドのメンバーと、少し事前の打ち合わせがありますので」

 技師長にそう言って案内されたのは、一対のソファーと、その間にセンターテーブルが置かれただけの小部屋だった。

 しかし、そのソファーたるや戦争アトミツク前の品物ではないかと思われるような優美な猫脚のアンティークだったし、センターテーブルの天板も現代では入手困難と思われる巨大な一枚板だ。これが本物の、地方有力企業というわけだ。


 沈み込むようなふかふかのソファーに腰かけてすぐに、奥の扉が開いて、一人の男が姿を現した。仕立ての良さそうなダブルのスーツを着た、その男の浅黒い顔はまだ若く、青年と呼んで良いくらいだった。

「お待たせいたしました」

 無表情のまま、彼は丁寧にお辞儀をしてくれる。

「ランゲン社渉外部長の、ベニトビと申します」

 ベニトビ、第三席取締役渉外部長。この若さで、重役にまで上り詰めた男。そんな幹部が、わざわざ自ら出迎えてくれるとは。


 私も自分の名を名乗り、頭を下げた。ベッドを灰にされた件で、礼の一つでも言っておこうかと思ったが、今は控えておくことにする。そんな程度のことでは、この男は一切動揺しないだろう。

 彼の後ろに着いて、再び立派な通路を歩き、螺旋階段を上がる。

「コーネル先生は」

 階段の途中で、ベニトビ部長が不意に口を開いた。

「なぜこんな仕事をお受けになられたのですか? カイネリさんたちの用意できた依頼金は、大した額ではありません。どう見ても、不利な交渉です。もし負ければ、あなたの名に傷がつくだけではないですか? 割が合わないと思うのですが」


 ほお、と私は感心した。彼らは感づいているのだ。私の後ろに羽ヶ淵がついていることに。

 カイネリ技師長の動向は恐らく監視されていたはずだ。私に仕事を依頼したことも、彼らはいち早くつかんでいただろう。過去の経歴を調べれば、私が羽ヶ淵の下請け仕事を何度もしていることは自ずと明らかになる。

 恐らくは、交渉の勝ち負けなど問題ではなく、ランゲン社の内情を知ることが私の本当の目的なのだと、彼らはそう考えているのだろう。それを確かめるために、わざわざ幹部であるベニトビ氏自らが迎えに来て、こうして揺さぶりをかけているというわけだ。

 ところが、あいにく、私は交渉に負けるつもりなどなかった。それは全く別の話である。私はプロだ。


「カイネリ氏の熱意に打たれましてね。それに、ここで勝ちを拾っておけば、南方においても私の名が広まることになる。それほど困難な仕事でもないですからね、採算は合いますよ」

 意識的な口調や表情の制御もなしに、私は普通にそう返した。それが本心なのだから、そのまま告げるだけのことだ。

 足を止めて振り返ったベニトビは、目を細めて私のほうを見た。

「なるほど。さすがに大したものですね」


 螺旋階段を登り切り、廊下を歩いて突き当りにあるのが、交渉会場である第一大会議室だった。いかにも重厚な木製の扉をベニトビ部長が開き、中に入るように促してくれる。

 スクランブル・ダッシュの試合でも出来そうな広大な室内には、その端から端まで届くような長いテーブルが置かれていた。そして両側で向かい合っているのが、ランゲン社の経営陣と、カイネリたちの技術者組合テクナギルドというわけだった。問題の当事者であるマチルダ専務は、今日のこの場には参加しないと聞いている。

「コーネル先生!」

 カイネリ技師長が手を挙げて、私を呼んだ。


(#17 「ゼロ・コーネル氏の駆け引き、彼のやり方」に続く)

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