#14 「万事、予定通り」
いくら「色々ある」とはいえ、まさか熱光線兵器まで登場する事態になるとは思わなかった。あの極めて荒っぽい「警告」とやらを送って来たのは、ほぼ間違いなくランゲン社の人間、マチルダ専務を解任しようとしている勢力だろう。
しかし、私一人を追い返すために、ベッドを灰にするところまでやるとは。それだけ、交渉に自信がないのだろう。こちらが勝つ確率が、上がったと思って良さそうだった。
案件がまさにウルトラ・ハイリスク・ケースに化けた以上、速やかに羽ヶ淵本社に状況を連絡しなければならなかった。そのように、指示を受けている。
ホテル内には連絡用のコンソールがないということなので、私はスーツに着替え、最寄りの
個人錠を差し込んで、機械を起動する。画面に並んだマイクロフリップが反転し、保護暗号の
プロットペンで
画面上にプロットペンを幾度か往復させるうちに、報告フォームはたちまちに完成した。最後に個人署名操作を行って、メッセージを投函した。
さて、ここでしばらく返事を待つか、一度ホテルへ戻って明日の朝にでも出直すか。そう考えながら、セロトニン・スティックを胸ポケットから取り出す。
しかし、まだその封を半分も切らないうちに、ログインしたままのコンソールから呼び鈴の音が聴こえた。マイクロフリップの微かな動作音と共に、見慣れた文字列を画面上に浮かび上がる。
「万事、予定通り。案件続行されたし」
わざわざ情報公署まで出かけて来る必要など、無かったようである。
黙ってセロトニン・スティックを咥え、椅子にもたれかかった。万事、予定通り。
街角のスープ・バーで簡単な夕食をとってホテルに戻ると、報せを聞いたらしいカイネリ技師長が駆けつけてくれていた。
「コーネル先生に危険な思いをさせてしまって、本当に申し訳ない。宿泊場所を連中に知られてしまったのは、わしらのミスです。あの連中、まさかそこまでやるとは……」
平謝りする技師長を、
「気にしなくてもいい。慣れている、こういうことには」
と私はなだめた。何せ「万事、予定通り」なのだ。
「ちゃんと、事前に警告も受けていたからね。君の所から女が来たよ。エルメリナとか言ったな」
「ピクルス・ジュニア社長の秘書ですわ、あ奴は。色仕掛けでのし上がった、ろくでもないアマです。男に取り入るためなら、見境なく身を売る女で」
カイネリ技師長は、吐き捨てるように言った。なんだ、それじゃなぜ挨拶だけで帰ったのだ、と私もろくでもないことを考える。
とばっちりで攻撃を受けたホテル側としても非常に迷惑な話で、しばらくは部屋も使えないのだから損害額も小さくは無かろうが、もちろん私に責任があるわけではない。
出来れば出て行って欲しい、というのがホテル側の本音だったかもしれないが、さすがに接客のプロである総支配人は、そんな様子を少しも見せず、「お怪我がなくてなによりでした」と繰り返すばかりだった。灰になったベッドの上で寝るわけにも行かないということで、代わりの部屋も用意してくれた。
今度の部屋は、最上階の一角を占めるスイートルームだった。このクラシック・グレードの温泉ホテルの中では、間違いなく最高ランクの部屋である。
ここまで良い部屋を希望したつもりはなく、むしろ先ほどの質素な部屋のほうが落ち着くくらいなのだが、折角のホテル側の好意を無にすることもないだろう。
通りとは反対側の部屋にしてもらったので、目の前にはアーケードの壁面を構成する内殻鋼材が立ちふさがっていて、眺望も何もあったものではなかったが、このほうがまだ安心だ。窓の向こうにまたあのプラチナグレードホテルが見えているというのでは、さすがに私もいい気持ちがしない。
やたらと広いベッドに横になったまま、再び
「何もかも忘れて、お眠りなさいな。おやすみなさい」
その通り。考えてみても仕方がない。
少しだけ、夢を見た。
心地よい眠りから目覚めて、身支度を済ませた私は、アタッシェ・ケースを片手に、フロントまで降りて行った。ロビーは即席の朝食会場に変わっていて、並べられた折り畳み式の簡易テーブルで、宿泊客が各々食事を摂っていた。
朝食のメニューの中では、チキン・スープで煮込んだリゾットが特にうまかった。シンプルな味付けながら、コメの一粒一粒にうま味が染み渡っているようだ。お代わり自由だというのも有難く、何せ今日は大変な一日になるのが目に見えていたから、しっかり食べておくことにした。
四杯目に手を付けようとしていたその時、入口のドアからスーツ姿のエルメリナが入ってくるのが見えた。
「おはようございます」
ハイヒールの靴音と共にこちらへ近づいてきた彼女は、テーブルの向こうに立ち止まって、頭を下げた。烏羽色の髪が、さらりと流れる。
「おはよう。悪いが、食事中には仕事をしないことにしている。私に何か用事なら、しばらく待っていてくれ給え」
感情のコントロールを特にかけずに、私は言った。食事中には、仕事をしない。
「大丈夫です。どうぞごゆっくり、お召し上がりください」
彼女はそう言って、私の向かいに座った。
(#15 「揺れるエルメリナ、くだらない色男」に続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます