#39 ベニトビ部長と、ガラスの小瓶
「あの
マチルダ専務の問いに、ベニトビ部長は平然とそう答えた。
「
専務は、再び問いを返した。
「いや、それは……」
マクアウリ常務が何か言いかけて、絶句した。相変わらず分かり易い男だ。
「専務のお耳にも入りましたか」
ナフラム刑事たち、そして私にベニトビはちらりと目を遣った。
「
「あなたたちの、私利私欲に走った行動こそがランゲンに、そして
マチルダ専務の声は悲痛だった。
「危機? 誰にとって?」
冷たい顔で、ベニトビ部長は笑った。
「本当に危機にさらされているのは、
「あなたは一体、何を言っているのです」
専務の高い声が役員室に響いたその時、背後の扉が静かに開いた。
「私から説明しましょう、マチルダ専務」
姿を現したのはもちろん、アルタラ・ピクルス・ジュニア社長その人だった。
役員室の中ほどへと歩み入ったピクルス社長は、背をまっすぐに伸ばして常務たちと対峙した。
「これは社長。この不愉快な場面を作り出したのも、全部あなたの差し金ですか。全く、困ったお方ですな」
ベニトビが、薄笑いを浮かべる。
「お願いがあるのですが」
私は、背後の刑事たちに小声でささやいた。
「お二人は少しだけ、この場を外していただけますか? 廊下の監視をお願いします」
「大丈夫ですか?」
クレヴァ刑事は、ベニトビ部長たちのほうへと視線を走らせた。
「この場は、私一人で問題ないはずです。先ほどカイネリ技師長も言っていましたが、周囲に潜んでいる衛視隊の増援が突入して来たりすれば、そのほうが厄介です」
「分かりました。もし連中が来れば、確実に全て撃退します」
力強くそう言って、クレヴァ刑事は私の頼みを請け負ってくれた。
「ベニトビさん。あなた方の企みが、終わる時が来ました」
ピクルス社長は、静かに言った。
「余計なことを企んでくれたのは、あなたのほうですよ、社長。何かおかしな動きをしているのは分かってはいましたが、まさか羽ヶ淵などと手を組むとはね。この
「この世界そのものが滅びてしまえば、
「滅びるのは、やつらのほうだよ、社長。我々じゃない」
マクアウリ常務が、ようやく口を開いた。
「北方を全て壊滅させてしまって、我々だけでどうやって生き残って行くというのです?」
「南方に、我々の『
顔色一つ変えずに、ベニトビ部長は言った。
「社長。常務たちは、一体何を言っているのです? 北方を壊滅させるって、どういうことなのですか?」
青ざめた顔で、マチルダ専務がピクルス社長に訊ねた。
「彼らは」
社長は答えた。
「
それが、ピクルス社長から聞いていた真相だった。かつて使用された
もちろん、
「そんなこと……あり得ません。理論上は可能だとしても、そんな技術が残っているはずがないわ」
「試掘中の全くの偶然なのだがね、我々は発見したのだよ、地下深くに封印されていた、かつての『国軍司令部』を。そこにはちゃんと残されていたよ、
マクアウリ常務が、得意げに言った。
「残っていないはずのものが、残っている。それが、地下という場所です。あなたもご存知でしょう? 地下空間の素晴らしさを」
ベニトビは、遠くにあるものをうっとりと見つめるような眼をした。
「しかし、もっと素晴らしいのが、
そう言うと、彼は上着のポケットから、透明なガラスの小瓶を取り出した。中には、わずかに青く光る粉末が入っている。
マチルダ専務が、短い悲鳴を上げた。
「そんなものを持ち歩くなんて! 今すぐに、高度処理室に戻しなさい」
「あれは、一体?」
私は専務に訊ねた。
「同位体235。精製された、
目を見開いたまま、彼女は恐るべきことを口にした。
(#40 「灰になった顔」へと続く)
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