第28話:ポンコツ、モヤモヤする

「待ちなさい、ミナリーッッッ!!」


「いやぁああああああああああああああっ、許してぇええええええええええええッッッ!!」


 中庭で鬼ごっこを始めたお姉さまとミナリーを、あたしは窓枠に寄りかかって痛む額をさすりながら見つめていた。


 仕事もせずに何やってるのよ、まったく……。


 小さく溜息を吐いてしまう。二人を間近で見ているシュード様も、同様に息を吐いていた。


 ……けど。良いなーと、思っている自分が居た。


 別にお姉さまに追いかけ回されたいわけじゃないけど、お姉さまとシュード様に構ってもらえて羨ましいなぁー……なんて。


 昔はあたしも、色々とお姉さまとシュード様には心配をかけたり迷惑をかけたりしたけれど、成長した今となってはそんなことはそうそうないわけで……うん、ないわよね?


 それに二人とも、今は仕事が忙しいわけだし、当然のように手間がかからなくなったあたしに構っている暇なんてないわけで。


 ……だからまあ、忙しいはずのお姉さまとシュード様に構ってもらえるミナリーが、ちょっぴり羨ましくって。


 子供っぽい考えだってことはわかってるけど、ミナリーに二人を取られちゃったみたいで、なんだかモヤモヤする。


「…………お姉さまが放っておけないのもわかるけど」


 ミナリーは目を離すと何をしでかすかわからないし、目を離してなくても何かしでかす時はしでかすから。


 ……あたしもミナリーみたいになれば。


 なんて考えが浮かんだけど、すぐに頭の中から削除する。


 これ以上お姉さまに負担をかけてどうするのよ、あたし!


 そうよ、あたしはお姉さまに負担をかけないよう頑張らないと!


 お姉さまが居なくてもちゃんと仕事ができるんだって証明して、お姉さまを安心させてあげるのよっ!


 そうしたら……お姉さまに構ってもらえる機会は、減るかもしれないけど…………。


 考えただけでちょっと泣きそうになった。今でさえお姉さまに構って欲しくて悩んでるのに。


 けど、お姉さまを安心させたい気持ちも確かにあるわけで。


「うぅうううううううううううっ!?」


 あたしはどうすればいいのよ!? と、頭を抱えている内に気づけば夕暮れになっていた。


「まったく! こんな時間までわたしを説教するアリスもアリスだけど仕事をサボってたアリシアもアリシアだよ! おかげでこんな夜遅くまで働くことになっちゃったじゃん!」


「もとはと言えば、あんたがあたしの服を間違って、お姉さまの所に持って行ったのが原因でしょーが! ほら、口を動かしてる暇があったら箒を動かしなさいよっ!」


「むむむぅ……!」


 ミナリーは何とも反抗的なうめき声を上げながら、嫌々と言いたげな表情で止まっていた手を動かし始める。


 時刻は夜の十一時を過ぎた頃。あたしとミナリーはお城の広間を掃除している最中だった。


 ……まったく、文句を言いたいのはこっちよ。ミナリーがあたしとお姉さまの服を間違いさえしなかったら、こうやって残業することも、あたしの服が一着ダメになることも、色々と悩むことだって、なかったはずなのに。


「あれっ、アリス?」


 ――えっ? ミナリーの声に視線を上げると、広間の入り口にお姉さまが立っていた。


 事務仕事用の眼鏡をかけ、報告書の束を抱えている。


「どうしたの? もしかしてサボり!?」


「あなたと一緒にしないでください。私はあなたたちの様子を見に来ただけです。……どうやら、掃除はシッカリとしているようですね」


「ふふん、まあね!」


 ドヤ顔で偉そうに胸を張るミナリー。


 さっきまで文句ばっかりで一切手を動かしてなかった癖に、どの口が言ってるんだか。


 ……しかもそれなりに大きいし。


「では、ミナリー。この調子で今日の分の仕事を頼みますよ。それと、アリシアは先に休んでいて構いません。仕事の遅れの原因はミナリーなのですから」


「えええっ!? アリシアだけズルい! 身内贔屓だよ、アリスっ!」


「黙りなさい。……ともかく、休んで構いませんよ、アリシア」


 ……正直に言えば今すぐベッドに潜り込みたいけど、気力を振り絞って首を横に振る。


「……ううん。あたしは大丈夫よ、お姉さま。ミナリー一人に任せるのも心配だし」


 それに、あたしが休むことでお姉さまの負担に繋がるのが一番嫌だった。


「そう……ですか? 明日も仕事があるのですから、あまり無理をしてはいけませんよ?」


 そう言い残して、お姉さまは広間から去って行く。


 その背中を見送ってから、あたしはミナリーに話しかけた。


「……ねえ、ミナリー。お姉さまは、あたしのことどう思っていると思う?」


「え、どうしたの急に?

「その……やっぱり、手がかかるよりも、かからない方が、良いって思うわよね……?」


「そりゃ、かからない方が面倒くさくないし、楽だもん。誰だってそう思うんじゃない?」


「……そっか。そうよね……」


「?」


 あたしの質問の意図がわからないと言いたげに、ミナリーは首を傾げる。


 でも、言っていることはきっと正しい。


 だからあたしは、もう二度とお姉さまに頼らないと決心した。

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