第36話:村娘、看病する

 アリスの私室に入ると、アリシアがベッドに突っ伏して寝息を立てていた。


 時刻は午前の三時を過ぎた頃。


 お姉さまの看病はあたしがするって気合を入れていたけど、睡魔には勝てなかったみたいだ。


 仕方がないなぁ……まったく。


「アリシア、交代だよ。ほら、起きて」


「んぅ……。みなりー……?」


「アリシアはもう休んで。後はわたしがやっておくから」


「ぁ……うん……、わかったぁ…………」


 じゃっかん寝ぼけているのか、アリシアはふらふらした足取りで目をこすりながらアリスの私室から去って行く。


 廊下まで見送って彼女がちゃんと自分の部屋に戻ったのを確認してから、念には念を入れて扉の鍵を内側から閉め、わたしは一つ息を吐いた。


 さてっと、邪魔者はこれで居なくなったね。


 くけけっ! くけけけけっ!


 アリスの私室の中には、わたしとアリスの二人きり。


 そのアリスは高熱を出してベッドの中で眠っている。


 色白の肌は熱で赤く染まり、流れる汗で髪が張り付いていた。


 普段のアリスからは想像できないほど、今のアリスは弱り切っている。


 つまりこれは、千載一遇のチャンス!!


 わたしがこの部屋に来たのは、アリスの看病をするためじゃない。


 アリスの弱点を手中に収め、賃上げ交渉を有利に運ぶためであるっ!!


 アリスだって人間なのだから、弱点の一つや二つは必ずあるはずだ。


 既にアリシアが弱点の一つだと判明してるけど、アリシアじゃ賃上げ交渉のカードにはなり得ない。


 もっとこう、「これを返して欲しかったらもっと給料をあげてもらわないと!」「くっ、仕方がありませんね……」みたいな展開になるのが理想なわけで。


 まずはどこから探そうかなぁ。


 さすがアリスと言うべきか、部屋の中は整理整頓が行き届いていた。


 家具はベッド以外に大きなクローゼットや戸棚や本棚だけだった。


 とりあえず、クローゼットから探してみようかな。


 たぶん服があるだけだと思うけど、もしかしたら奥の方に何かアリスが見られたくない物が隠してあるかもしれない。


「みなりー……?」


「うひゃいっ!?」


 背後から声をかけられ、驚きのあまり悲鳴と共に飛び上がってしまった。


「ちょうど、よかった……。みなりー、下からにばん目のたなから、タオルを、とって、くれませんか……?」


「ふえっ? た、タオル? あ、うん。わかったよ」


 不審がられなかったことに安堵しつつ、アリスの指示に従って棚からタオルを取り出す。


 そして振り向くと、いつの間にかアリスはベッドの上で上体を起こし、寝間着の胸元のボタンを一つ一つ苦戦しながら外している所だった。


 一瞬ドキッとしてしまったけれど、すぐに彼女の意図を理解する。


 アリスの寝間着は汗でぐっちょりと濡れてしまっていた。


「みなりー、せなか……ふいて、ください……」


 今はアリスのお願い通りに動いた方が良さそうかな。


 額を冷やすために用意してある水桶でタオルを水に浸け、絞ってからアリスの綺麗な背中に優しくあてる。


「ふぁ……っ」


 タオルの冷たさに、アリスは思わずといった感じで吐息を漏らした。


 それからすぐに、潤んだ瞳でわたしを見あげてくる。恥ずかしかったみたい。


 アリスが自分で手の届かない範囲を拭いてあげると、彼女はクローゼットを指さした。


「みなりー、メイドふくを、とって……くれますか……?」


 えっ……?


 アリスの言葉に目を丸くしてしまう。


 その意図は考えるまでもなくわかってしまった。


 アリスらしいと言えば、アリスらしい。


 わたしはクローゼットからメイド服……ではなく、新しい寝間着を取り出して、叩きつけるようにアリスの方へ放り投げる。


「み、みなりー、これはちがっ」


「違わないよ、アリス。今はそれを着て、眠るのがアリスの仕事じゃないかな」


「で、ですが……まだ、しごとがやまほど……っ」


 ベッドから出ようとするアリスを、わたしは肩に優しく手を置いてベッドに押し留めた。


「アリシアはさっきまで、ずっと付きっきりでアリスの看病をしてた。王様もアリスが倒れたのは自分の責任だって言ってたし、アリスの分も仕事を頑張ってるよ」


「……っ! だったら、なおのことっ……!!」


「今の状態で王様の所に行ったって、アリスは邪魔にしかならないと思う。ふらふらのアリスより、アリシアの方がマシだよ。みんなアリスのことを心配して、自分がするべきことを頑張ってるのに、アリスのするべきことはなに? そんなことも、わかんないの?」


「…………っ」


 徐々に、アリスの体から力が抜けて行く。


 新しい寝間着に着替えされると、アリスはベッドに倒れ込むように寝転んだ。


 わたしを見あげ、彼女は弱弱しい声音で言う。


「……すいません、みなりー」


「ううん。気にしないでよ、アリス」


 それから、わたしは朝になってアリシアが来るまでずっとアリスの看病をし続けた。



 結局弱みを握ることはできなかったけど、一つ貸しを作れたし、まぁ、良いかな。

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