第3話:村娘、出会う
「ぜぇ……ぜぇ……。はぁ……はぁ……」
「可愛らしい反応でしたよ、ミナリー」
「ぜぇはぁ…………。さいですか……」
もうお嫁にいけない……。どことなく生き生きとした表情を見せるアリスとは対照的に、わたしはきっと死んだ魚のような目をしていることだろう。
「さて、ミナリー。まだ罪を認めようとはしませんか?」
「わたしの罪は、つまみ食いだけなの……?」
藪蛇だとはわかっているけれど、これだけはどうしても聞いておきたかった。
わたしは厨房で気を失い、気が付けば囚人服姿でこの地下牢で壁に磔にされていた。
つまり、彼女は知っているはずなのだ。わたしが服に忍ばせていた、毒薬の存在を。
「……その質問が、自らの立場を危うくするものだと理解しているのですか?」
「うん」
ちゃんと理解している。つまみ食いの罪を認めてしまった方が早く釈放されることも、罪が軽くなることも。
……けれどわたしは、一度はこの国の王の暗殺を決意したのだ。
村娘から暗殺者へとジョブチェンジしたのだ!
どうせ捕まって罰を受けるなら、つまみ食いじゃなくて国王暗殺未遂の罪で罰を受けたい。
暗殺者としてのプライドが、わたしの中でそう叫んでいた!
「そうですか。では、『晒し首』か『城下引き回し』を選ばなければいけませんね」
「やっぱり何もやってませんつまみ食いしただけです王様の暗殺なんてこれっぽっちも考えてませんでした本当です信じてくださいッッッ!!」
「ビックリするほど簡単に自白しましたね。私は王の暗殺がどうなど、言っていませんが」
「はっ……!?」
しまった、つい命欲しさに! ぐぬぬ、アリス・アリアスなんたる策士!
「やはり、我が王の暗殺が目的でしたか。素直につまみ食いの罪を認めておけばよいものを。なぜ、そうしなかったのですか?」
「……だって、暗殺者としてのプライドが」
わたしがそう答えると、アリスはつくづく呆れたように言う。
「暗殺者失格にも程がありますね」
「……ふぇ?」
「プロの暗殺者ならば、受け持った仕事は何よりも優先するものです。例え肥溜めに身を沈めようと、娼婦に身を落とそうと、必ずターゲットを殺害する。それでこそ、プロの暗殺者というものです。あなたのようにくだらないプライドに縛られるような輩は、暗殺者に変な理想を描く素人です。あなたは暗殺者に向いていませんよ、ミナリー」
「うっ……」
「どうやら、王が申された通り何者かによって暗殺者へと仕立て上げられたようですね」
アリスは額に手を当て、やれやれと溜息を吐く。その時だった。
「そうだと思ったよ、ったく……」
頭を掻きながら、男の人が地下牢の中へと入って来る。
蝋燭の灯りが照らし出したのは、どこにでも居そうな冴えない顔だった。
やや癖のある黒髪で、顔立ちは整っており、イケメンかブサイクかと言えば、ギリギリでイケメンに分類されそうな顔をしている。
けれど、顔に特徴はあまりなく、しいて言えば優男のようだとしか言えない。
背はそれなりに高い方だけど、体の線が細いせいか威圧感が全然ない。
むしろ弱弱しくも見えて、何だか頼り甲斐がなさそうな人だった。
服装も良質な生地は使っていそうだけど、至って普通の格好だ。
王都を歩いていれば、何度も似たような格好の人に出逢えるだろう。
そんな感じの、どこにでも居そうな男の人に対して、アリス・アリアスがうやうやしく一礼をする。
彼女にそのような態度を取らせられる人間は、この国に一人しか居ない。
「ご足労頂きありがとうございます、我が王」
シュテイン王国の国王。わたしが、暗殺しようとした人だ。
名前は……えーっと、何だっけ?
「こんな薄汚い地下牢まで申し訳ございません」
「気にするな、アリス。それで、彼女が俺を殺そうとした暗殺者か?」
「ええ。名はミナリー・ミナーセ。十六歳の、どこにでも居る村娘です」
王様はふむと頷いて、わたしの前に立つ。
「俺の名前はシュード・シュテインだ。この国の王をやっている」
へぇー、王様の名前ってシュードって言うんだ。初めて知ったかもしれない。
「我が王。自己紹介なさらずとも、いくら村娘とはいえ王の名はさすがに知っているかと。ましてや、彼女は貴方様を殺そうとしたわけですし」
「あ、それもそうか。さすがに暗殺者までが俺の名前を知らないなんてわけが――」
「ごめん、知りませんでした」
「「……………………………………………………………………………………………………」」
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