第2話:村娘、捕まる

 結果から言うと、失敗した。


 薄暗く、ジメッとした空気が肌を覆う。陰鬱な雰囲気とかび臭さに包まれた地下牢。


 わたしは拘束具によって壁に磔にされていた。


 どうしてこうなった。わたしはただ、家族や村の人たちの助けになりたかっただけなのに。


 お金が欲しかっただけなのに。お金が欲しかっただけなのにっ!!


 何がダメだったの? 王様を暗殺しようとしたから? 報酬の九割を自分の物にしようとしたから?


 わかった、家族や村の人たちのために働こうとしたからだ!


 ここから無事に出られたら二度と働かない! 痩せ細った親のすねをかじって生きてやるんだ!


「先ほどから何やらくどくどくどくど申されているようですが、あなたは自分の立場をちゃんと理解しているのですか?」


 凛とした……それでいてどこか艶美でもある声が地下牢に響く。その声の主は、わたしの目の前に立つメイド服姿の女性だった。


 蝋燭の灯りが照らし出すのは、腰のあたりまで伸びた長く艶やかな黒髪に、メイドカチューシャをつけた美女。


 顔立ちは整い、切れ長の瞳が相応の目力でわたしを見つめている。


 彼女を知らない者はシュテイン王国民でないとさえ言われる程の有名人。


 王城のメイドであり、王国騎士団を束ねる騎士団長であり、王国魔術師団を束ねる魔術師長であり、王国の財政を切り盛りする財務大臣であり、王国の外交の要である外務大臣であり、国王の右腕である宰相であるところの彼女の名は――アリス・アリアス。


 人呼んでメイド宰相。


「ミナリー・ミナーセ。ヒコン村の出身。十六歳。父の名はミナース、母の名はアンリ。ミナーセ家の次女で二人の兄と一人の姉、弟と妹を二人ずつ持つ。間違いありませんね?」


 アリスはわたしの個人情報をスラスラと言ってのけた。


 わたしが捕まってから、まだそう時間は経っていないはずだ。


 それなのにここまで調べ上げるなんて、さすがアリスと言う他ない。


 伊達に国民の間から『実質的な国家元首』と言われているだけある。


「…………間違いありません」


 ここまで調べられちゃ否定しても意味がない。


「そうですか。では、あなたの罪状を示します」


 彼女はわたしの眼前に立ち、羊皮紙に書かれたわたしの罪を読み上げる。


「ミナリー・ミナーセ。あなたには、王城の厨房へと忍び込み、我が王の食事をつまみ食いした罪がかけられています」


「罪状があまりにも残念過ぎる……」


 恥ずかし過ぎてもう殺して欲しかった。


 ローブの人の手引きによって王城に侵入したわたしは、厨房に忍び込み王様の食事に毒薬を盛ろうとした。


 そこまでは良かったのだけど、用意されていた食事があまりにも美味しそうで。


 まさか、毒を盛る前から毒が盛られていたとは考えるはずもなかったわけで。


 王様の食事をつまみ食いしたわたしは気を失い、気が付けば地下牢で磔にされていたのだった。


「罪を認めますか、ミナリー?」


「ぅっ……」


 認めたくない。王様の暗殺のために王城へ忍び込んでおきながら、よりによってつまみ食いの罪で捕まってしまうなんて生き恥にも程がある。


 こんな間抜けな罪を認めてしまったら、人として終わる気がする。


 お金に目がくらんで国王を暗殺しようとした時点で終わっている気もするけど。


「罪を認めるのが早ければ早いほど、楽になるのですよ?」


「ぅぅぅっ…………」


 認めたくないものは認めたくないものだ。空腹ゆえの過ちというものは特に!


「そうですか。……では、それ相応の尋問をしなくてはいけませんね」


 そう言って彼女は、わたしの頬に優しく手を添えた。


 アリスの端正な顔立ちが、すぐ近くにある。


 白磁色の綺麗な肌。スッと長い鼻筋。みずみずしい唇。


 王国一と謳われる美貌がすぐ目の前にあり、同性のはずなのに心臓がドクッと飛び跳ねた。


 鼻孔をくすぐる甘い香り。貧乏村じゃどんな女の子に抱き着いても嗅げそうにない匂いに包まれる。


 これがお金持ちの女の子の匂いなんだと、実感する。


 ところで、わたし、何されるの……?


「安心してください、ミナリー」


 彼女は「ふふふっ」と妖艶に笑って、そっと優しい手つきで指を這わせた。


 頬から首筋、さらに鎖骨へと。順々に、ゆっくりと、まるでわたしの肌を楽しむように。


「ふぁ……っ」


 そのくすぐったさに声が漏れる。すると彼女は嗜虐的な笑みを浮かべて、わたしの耳元へ唇を近づけた。そして囁くような声で言う。


「力を抜いてください。大丈夫。ほんの少し、気持ちよくなってもらうだけですから♪」


 あの、どこが大丈――ふぅぅ……っ、ぁっ、だめ、そこ、らめぇええええええっっっ


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