村娘ミナリーは守銭奴であるっ!
KT
第1話:村娘、悪の道に落ちる
見渡す限り、ライ麦畑が広がっている。
わたしは王都からの家路を小走りで急いでいた。
ここはアルミナ大陸の北東にある小さな国、シュテイン王国。
わたしの名はミナリー・ミナーセ。王国のどこにでも居る普通の村娘だ。
どれくらい普通かと言えば、わたしには剣の心得も魔法の心得もないし、わたしの村に勇者が立ち寄ったこともなければ、魔王の配下の魔物に襲われたりしたこともない。
平平凡凡な、変わることのない日々。平和な日常がわたしの全て。
本当に何もない、普通の村娘であることをわたしは幸せに思っている。
大好きな家族や、優しい村の人たちに囲まれながら過ごす日々。今以上の幸せなんて、きっとこの世界には存在していないだろう。
ほんの少し……明日の食事に困るほど家が貧乏ではあるのだけれど。
ほんの少し……明日にも財政破綻してしまいそうなほどに村が貧しくはあるけれど。
それでも、わたしはこの幸せがずっと続いて欲しいと思う。
大金持ちの豪商に見初められて妻になるよりも、王様に見初められてお妃さまになるよりも、今の生活の方がずっと幸せに違いないのだ。
そう自分に思い込ませないと、毎日がやっていられないのだっ♪
「あー……。ほんと、やってらんないよ……」
わたしは手の上にある六枚の銀貨を見て溜息を吐いた。
王都へ出稼ぎに行った帰り道、わたしの手持ちのお金はこれだけしかない。
行きはカゴいっぱいに野菜を背負っていたはずなのに、カゴまで売って得たのがこれっぽっちだ。
シュテイン王国の通貨価値で言うと、銀貨一枚で十ウェン。
五ウェンあればライ麦の安価なパンが一個買えるから、銀貨六枚でパンは十二個買える。
一家族の一日分の食費程度にしかならない。
「これ、野菜売らずにそのまま食べた方が良かったんじゃないの……?」
銀貨六枚じゃ、村も我が家も景気が良くなりはしない。
焼け石に水にしかならないだろう。
だからいっそ、くすねてやろうかなと考えていた時だった。
『お困りですかな、お嬢ちゃん?』
どこかから、声が聞こえる。咄嗟に気配を感じた方に振り向くも、誰も居ない。
風に揺られたライ麦がカサカサと音を立てているだけだった。
『こっちじゃ、お嬢ちゃん』
また声が聞こえた。振り返ると、そこには紺色のローブに身を隠した誰かが居る。
しわがれ声。
身長はわたしと同じくらいだけど、酷い猫背だ。
前傾姿勢だから、紺色のローブのフードに隠れて顔が見えない。声や見た目から、性別はわからなかった。歳はけっこう上の方だとは思うけれど。
「えーっと、変質者か露出狂の方ですか?」
とりあえず第一印象でそう訊ねる。ローブを脱いだら丸出しとか、普通にありそう。
『誰が変質者か露出狂じゃ! お嬢ちゃんがどうしてそう思ったか知らんが、儂にそのような趣味はない。儂の名は○○○じゃ。通りすがりの魔術師じゃよ』
「魔術師?」
杖は持ってないけど、確かに見た目は魔術師っぽい。
ただまあ、最近は魔術師を騙った詐欺や事件も多いって聞くし、本物かどうか怪しいなぁ。
『見たところ、何やらお嬢ちゃんが困っておる様子じゃったんでな。気になって声をかけてみたんじゃ。どうじゃ、この老いぼれに相談してみんか? 何に困ってるんじゃ?』
「お金! 欲しい!」
『す、ストレートな悩みじゃな。じゃが、それならお嬢ちゃんに丁度良い仕事がある』
「仕事? 魔法でお金作ってくれるんじゃないの?」
『魔法はそこまで万能でないんじゃよ』
「なぁーんだ。使えない魔術師だなぁ」
『おい』
でも、仕事を斡旋してくれるならそれはそれで好都合だった。
どこぞの村の貧しい村娘が王都で働こうとしても、水商売か娼館くらいでしか雇ってくれないし。
「その仕事って儲かるの?」
『それなりの報酬は用意しておる』
「ほんとっ!?」
ローブの人はもちろんと頷いて、懐からパンパンに膨らんだ巾着袋を取り出した。
『この中に金貨二百枚が入ってお――』
「やります! その仕事やらせてください!!」
金貨一枚で百ウェンだから、二百枚なら、二万ウェン! パンが四千個も買えちゃう!
『即答とは中々の金にがめつい村娘じゃな……。普通は仕事の内容を聞いてから、考えるもんじゃろうに……』
「お金! 二万ウェン! パン! 四千個! ぅへへっ、うぇっへへへへへへへへへへ♪」
『き、聞こえてさえおらんか……。ま、まあよい。限りなく不安じゃが、お嬢ちゃんにやってもらうとするかのぉ。この国の王、シュード・シュテインの…………――暗殺を』
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