第4話:村娘、交渉する
「ははっ……。そうだよな……、どうせ俺のことなんて、誰も知らないよな…………」
王様は乾いた笑いを漏らして、虚ろな目で近くの壁に『の』の字を書き始めた。
「ああっ! 我が王、お気を確かに! 大丈夫です! 国民はみな王のことを知っております! この村娘が知らなかっただけです!」
「え、わたしだけ知らないってことはないと思うけど。村でも王都でも、王様の名前なんて一切聞いたことなかったし。アリスの名前なら、いくらでも耳にしたことはあったけど」
「あなたは少し黙っていなさいッ!!」
「あっ、はい」
アリスに恐ろしい剣幕で怒鳴られ、わたしは素直に口をつぐむことにした。
しばらくボーっと待っていると、王様が再びわたしの前に立った。どうやらアリスの必死のフォローで立ち直ったらしい。
王様は「ごほんごほん」と何度か咳払いをして、わたしに訊ねる。
「ミナリー・ミナーセだったな?」
「あ、うん」
普通に話しかけられ、わたしはついつい普通に返事をしてしまった。
そのおかげでアリスから思いっきり物凄く睨まれる。
……だ、だって仕方がないじゃん! この人、王様ってオーラがゼロなんだもん!
王冠も煌びやかな服も着ていないから、どうしても一般人にしか見えないんだもん!
「俺はシュード・シュテインだ。この国の王をやっている」
「え、それさっき聞いたけど」
「いや、まあ…………二回自己紹介しないと、憶えてもらえないことが多くてな」
「そ、そうなんだぁー……」
なんか、さっきはホントごめん。えーっと、シュー何とかさんだっけ?
「まあ、それはそれとして。さっそくなんだが、ミナリー。俺の暗殺をお前に依頼した奴のこと、詳しく話してはくれないか?」
王様の口ぶりから察するに、どうやら初めから全てお見通しだったらしい。
さすがは世界に名を轟かせるメイド宰相アリス・アリアスだ。
でも、このままわたしが素直に話すと考えているのなら大間違いである。こうして捕まってしまった以上、わたしにはするべきことがある。
「嫌だ、話したくない」
わたしはわざとらしくツンと唇を尖らせ、王様からソッポを向いた。
「なっ……。あなた、何を言って……。この状況が、わかっているのですか?」
「だって、話してもわたしに得がないもん。お金をくれるなら、話してあげてもいいけど?」
暗殺に失敗してしまった以上、ローブの人から報酬を貰うのは絶望的。
――だったら、王様からお金を貰えば良いじゃない♪
「こ、この守銭奴村娘は……っ! 我が王の慈悲を享受しておきながら何たる態度を!」
「まあまあ、落ち着けってアリス」
「どう落ち着けと言うのですかっ!」
宥めようとした王様に、アリスは声音を荒らげる。
「だいたい、あなたがそんなだからこのような村娘にも舐められるのです! 気の良い所やお優しいところは、人として優れてはいても王に相応しくはありません! もう少し王様らしく振る舞ってはどうですか!!」
「お、おう……すまん」
メイドに対して王様が平謝りに謝っていた。
やっぱり、実質的な王様ってアリスなんじゃ……?
王様の謝罪を仁王立ちで聞いていたアリスは、ふと我に返ったのか、ほんの少し頬を赤くしてコホンと小さく咳払いをした。
「……とにかく、ただでさえ人件費を限界まで切り詰めてなお、この国の財政はギリギリなのです。どこぞのアホな村娘に払うお金なんてびた一文だってないのです!」
シュテイン王国の財政が危ういのは、王様の名前よりも有名な話だった。
それというのも、シュテイン王国は長い王権争いによって政治不安が続き、ほんの五年前までは滅亡寸前と言われていた国なのだ。
王権争いによって王位継承者が次々と亡くなり、やがて棚ぼた的に今の王様が王様の地位に就いたのが四年前。
そこからアリスの手腕によって何とか滅亡の危機を脱したシュテイン王国だけれど、未だに財政難は解決されていない。
わたしの生まれた村が破綻寸前だったのも、それに影響されているとかいないとか。
「でもこいつ、お金を払わないと絶対に口を割らないだろ」
「……では、少々気が引けますが拷問にかけるしかなさそうですね」
酷く恐ろしい剣幕で、アリスがわたしを睨んだ。あの眼、本気だ……!!
「まあ待て、アリス。俺に一つ妙案がある」
「妙案、ですか……?」
王様は怪訝な表情のアリスに頷いて見せてから、わたしの前に立つ。
「なあ、ミナリー。この城で、メイドとして働いてみる気はないか?」
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