第5話:村娘、メイドになる

「メイド……?」


「な、何を考えているのですか!? この者を、この城で雇うおつもりなのですか!? 先ほども申しましたが、我が国の財政はギリギリですし、何よりこの者は貴方様の暗殺を企てたのですよ!?」


 驚きと戸惑いに染まった表情で、アリスは王様に詰め寄った。


 それに対して、王様は毅然とした表情でアリスに答える。


「企てたのはミナリーの裏に居る別の奴だろ。俺たちはその情報が欲しい。それに、国の財政がギリギリとは言え、メイドを一人くらい雇う余裕はあるはずだ。……何より、お前たちの負担を少しは減らせる」


「し、しかしながら!」


「心配してくれているのは嬉しいが、ここは俺に任せてくれないか?」


「……っ。…………我が王の、御意思とあれば」


 アリスは険しい表情を浮かべながらも、王様に一礼して後ろに一歩下がった。


 さて、と王様は話を区切ってわたしに訊ねる。


「返事を聞かせてくれるか、ミナリー?」


「お給料次第かな」


「やっぱそうなるか」


「もちろんっ♪ 世の中お金が全てだよ、王様」


 王様とアリスには色々と事情があるみたいだけど、わたしにはそんなこと一切関係がないわけで。


 王城でメイドになろうが、レストランでメイドになろうが、わたしとしてはお給料さえよければどっちだって良いのだ。


「日給で銀貨三枚だ」


「ちょっと少ない! もう一声!」


「なら、銀貨五枚だ」


 銀貨五枚。つまり、五十ウェン。一日働くだけで、パンが十個買える。


 ……でもなぁ。ローブの人の報酬と比べると、見劣りしてしまう。


 金貨二百枚分……パンを四千個買おうとしたら、四百日も働かなくちゃいけない。


 ふえぇ、一週間に一日働くとしたら九年以上もかかっちゃうよぅ……。


「ちなみに、三食の食事と有給付きだ。夏季と冬季にはボーナスもある」


「やりますっ!! 王様万歳!!」


 報酬の半分はわたしのポケットに入るとして、たかだか金貨百枚を村に持ち帰った程度で、あそこの連中と裕福な暮らしができるわけじゃない。


 死ぬまで働き続けるブラックな人生で終えるより、王城で暮らしてワンチャン玉の輿を狙いながらホワイトな人生を過ごす方がずっと良いに決まっているもの!


「決まりだな。それじゃあ、ミナリー。もう一度聞くが、俺の暗殺にお前を仕向けた奴のこと、話してくれるか?」


「はいっ!」


 わたしはローブの人について、知っていることを全て洗いざらい答えた。


「通りすがりの魔術師……か。そいつは、そう名乗ったんだな?」


「うん。第一印象だと変質者か露出狂だと思ったんだけど」


「よくもまあ、そのような得体の知れない輩の命令に従ったものですね」


「だって、お金くれるって言ったんだもん!」


「…………はぁ」


 アリスは唖然とした表情を浮かべたあと、つくづく呆れたと言いたげに溜息を吐いた。


「それで、その者の名前は本当に思い出せないのですね?」


「えーっと、…………うん。やっぱり思い出せない」


 王様とアリスから尋ねられた幾つかの質問を答えている内に、そのことに気が付いた。


 ローブの人の名前を、わたしはどうしても思い出せないのだ。


 自己紹介をされた記憶はあるのに、ローブの人が何と名乗ったかがまったく記憶にない。


 その部分にだけ靄がかかったようで、何だか心がモヤモヤする。


「……触診をしましたが、彼女が精神制御や記憶操作の魔法を受けた形跡はありませんでした。可能性があるとすれば、錯覚や幻覚を見せる類の魔法だと思われます」


「ミナリーの言うローブの人が、魔法で創り出された幻影の可能性があるわけか」


「ええ。彼女からこれ以上の情報は期待できないでしょう」


 何やら、アリスと王様が真面目な会話をしている。


 えっと、つまり、わたしが見たローブの人は幻覚か何かだったってこと……?


 ……それって、もしかして!


 あの金貨の入った巾着もなかったってこと!?


「酷い! いたいけな村娘を魔法で騙すなんて!」


「あなたはお金に騙されただけですよね……?」


 的確なツッコミをアリスに叩きこまれた気がするけど気にしない。


 ローブの人、許さない! 次に会ったらただじゃおかないんだから!


 食べ物の怨みよりお金の怨みの方が恐ろしいって教え込んでやるんだから……っ!


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