第6話:村娘、尋ねる

 その鏡に写るのは、シンプルなロングドレスのメイド服に身を包んだ美少女だった。


 窓から差し込む朝陽に照らされ、光沢を纏う淡い栗色の髪。ホワイトブリムが彩るショートヘアは彼女にとても似合っている。


 クリクリとした大きな瞳は、覗き込んだ者を吸い込んでしまいそうな程に澄んでいた。


 ほのかに赤く染まった頬。桜色の瑞々しい唇。


 全てが完璧に整った顔立ちは、まさに精巧な人形にも勝る美しさ。


 その完璧具合たるや、国中の画家がこぞって頭を垂れ肖像画を描かせて欲しいと願い出るほどだろう。


 鏡に写った彼女は、満足げに甘い吐息を漏らす。


「本当に、綺麗……」


 わたしは、鏡に写る自分の姿にすっかり見惚れていた。


 今まで、どうして気づかなかったのだろう。貧乏な家だったから? 鏡がなかったから? 


 ……ううん、違う。


 きっとこれは、女神さまの嫉妬。こんなにも美少女なわたしに嫉妬した女神さまが、自分自身の美貌に気づけないようわたしに魔法をかけたの。


 うん、絶対にそう。


 そうでもないと、このわたしが自分自身の美しさに気づけないはずがないもの。


「ふふっ……」


 さすが、わたし。


 こんな地味なメイド服も、完璧に着こなしている。


 かつてここまでメイド服が似合う美少女は居なかったに違いない。


 王様暗殺の一件から一夜明け、わたしは今日から王城でメイドとして働くことになっていた。


 支給された新品のメイド服を着て、宛がわれた個室にあった姿見の前に立ち、いったいどれくらいの時間が経っているのだろう。


 時間を忘れてしまうほどに、わたしは鏡に写る美少女(わたし)に目を奪われていた。


「嗚呼、鏡よ鏡よ鏡さん。この世で最も美少女なのは誰? もちろんわたしだとは思うけど!」


『それはもちろん――えーっと……』


「ん?」


『うーんと、そのぉー、あーっと、どう言えばいいか…………』


 鏡さんが悩み始めた。え、これってすぐに答えてくれるんじゃないの?


『うーむぅ……。それは……』


「それは!?」


『もちろん……』


「もちろん!?」


『ミナリー』


「うん!!」


『――の後ろに居るアリス・アリアス様さっ!!』

 


 …………………………………………………………………………………………………へ?


 え、あの、わたしじゃなくて、後ろ? 何を言ってるの、鏡さん? わたしの後ろには誰も――







「なぁにをしているのですか、ミナリー? 始業時間はとっくに過ぎていますよー?」







 うん、誰も居ない。


 美しい黒髪と完璧なプロポーションを持った、まるで女神かと見紛うほど美しいアリス・アリアス様なんて居なかった。


 見た者を凍死させそうな冷たい微笑を浮かべるアリス・アリアス様なんて居なかった!!


 これは夢。これは幻。そう、これは幻想なんだ。幻想に違いないんだ!


 唸れ、わたしの右腕! 幻想なんて消し飛ばしちゃえっ!!


「おりゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!」


 振り返りざまに突き出した右手は――


「ひゃんっ!?」


 むにゅんと……弾力のある何かを掴む。


 その感触はいつになっても、消えはしなかった。


「あっれれぇ? おっかしいぞぉ?」


「お・か・し・い、のはあなたの方ですッッッ!!」


「ごほぁっ!?」


 恐ろしい速度で、回し蹴りが繰り出される。


 それを脇腹に食らったわたしは、ベッドの上に吹っ飛ばされた。


 激痛にのた打ち回る余裕すらない。薄れていく意識の中、遠くにアリスの声を聞く。


「まったくあの子ったら! ミナリーが来るまでにこの部屋から鏡を移動させるよう言っておいたではありませんか! 魔法の鏡に魅入られてしまうかもと思えば案の定ですし! これだからわたしの仕事がいつまで経っても減らないんです! まったくもうっ……!」


 ぱりぃんっ! と、何かが割られる音がしばらく続いた。さようなら、鏡さん。


 わたしじゃなくてアリスって言ったから罰が当たったんだよ、ばぁーか。

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