第7話:村娘、働く
何故だろう、起きてからの記憶がない。
気が付くと、わたしはメイド服に着替えた状態で、アリスにお城の廊下を引きずられていた。
心なしか、肋骨のあたりが痛む。咳をするたびに吐血するのだけど、大丈夫かなわたし……?
「着きましたよ、ミナリー」
アリスに引きずられて辿り着いたのは、お城の大広間だった。
舞踏会とか、そういうのに使われる場所だと思う。天井から豪勢なシャンデリアが垂れ下がり、木で作られた円形のテーブルが幾つも置いてあった。
「昨日も少し説明しましたが、メイドは始業時刻になるとこの広間へ集まり一日の段取りを確認することになっています」
「あれ……?」
アリスの話しぶりだとこの広間には大勢のメイドさんが待ち構えているはずだけど、広間の中に居たのはわたしと同い年くらいのメイドさん一人だけだった。
長い黒髪をポニーテールに結った、わたしに負けず劣らずの美少女だ。釣り目の強気そうな瞳。顔立ちはやや幼さを残しながらも、その立ち姿はシュッとして大人びている。
どことなく、アリスの面影があるような気がした。アリスを少し幼くすれば、彼女とほとんどそっくりになりそうだ。
「妹のアリシアです」
「アリシア・アリアスよ! あんたが新入りね? 初日から寝坊するなんていい度胸だわ! まったく、親にどんな教育を受けて育ったんだか。ねー、お姉さま?」
「ねー……ではありませんよ、アリシア? 私は昨日、空き部屋に放置されている魔法の鏡を移動させるよう、言っていませんでしたか?」
「ふへっ!? え、あ、あー……アレね。うん、アレよ。アレなのよ、お姉さま。移動させようと思ったんだけど、ちょっとどうしても欠かせない用事があったと言うか何と言うか」
「忘れていたのですよねー? ア・リ・シ・アぁ?」
「はいそうですごめんなさい!!」
アリシアは見事なジャンピング土下座を決めてアリスに許しを乞い始めた。
どうやらアリスのことを相当怖がっているようだ。その気持ちはとてもわかる気がする。
「わたしはミナリー・ミナーセ。よろしくね、アリシア」
わたしは土下座をして額を床に押し付けているアリシアに手を差し伸べた。
額をあげた彼女はその手を掴もうとして……顔を赤くし、わたしの手をペチッと弾いて立ち上がる。
「ふ、ふんっ! 新入りの癖に馴れ馴れしくしないでよねっ!」
「先輩の癖に新入りの前で土下座するのもどうかと思うけど」
「なっ……。い、言うわね、あんた……!」
わたしが素直な感想を述べると、アリシアは口角をぴくぴくと痙攣させた。
「アリシア。今日からあなたにはミナリーの教育係になってもらいます」
「うぇっ!? あ、あたしが……?」
「当然です。他に誰が居ると言うのですか?」
「そ、それはそうだけど……」
アリシアは何だか嫌そうに、眉を顰めてわたしを見る。
そんな彼女に、わたしは精一杯の作り笑いを浮かべた。
「よろしくお願いします、アリシア先輩っ♪」
「せ、先輩!? そ、そっか。あたし、先輩なんだ……。ふ、ふぅーん。悪くないわね。先輩……センパイ……ふふっ。よっし、あたしに任せてください、お姉さま! 先輩として、先輩として!! ミナリーをシッカリと教育してやるんだからっ!」
「何だかミナリーに乗せられている感をヒシヒシと感じますが……任せましたよ、アリシア。ミナリーも、アリシアをお願いしますね」
「はぁーい」
「え、なんでお姉さまあたしのことミナリーにお願いしてるの?」
首を傾げるアリシアを放置して、アリスは一足先に広間から去って行った。
「ねえ、アリシア。アリスもこれから仕事なのかな?」
「当然でしょ。この城の仕事はほとんどお姉さま一人がやっているようなものなんだから。というか、先輩ってつけなさいよ、新入り」
「話は変わるけど、二人って本当に似てるよね。顔立ちもそっくりだし、背丈もあんまり変わらないし。手足が長くてスタイルが良いところも」
「勝手に話を……え? そ、そう? ふ、ふふっ。新入りのくせして嬉しいこと言ってくれるわね。ありがとう、えっと……ミナリー! あたしにとってお姉さまに似てるって言われるのは最高の褒め言葉なのよ。お世辞でも嬉しいわっ!」
「お世辞なんかじゃないよ、アリシア。…………あ、でも」
「でも?」
確かに顔立ちや背格好は似ているけれど、一か所だけ全く似ていない部分があった。
「アリシアって、アリスに比べると平地と山脈かってくらい胸が無いよね」
「それだけは言うなぁああああああああああああああああああああああああ――ッッッ!!」
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