第19話:村娘、のぼせる

 色々あってアリシアが泣きながら浴室から去った後。


 湯冷めしてしまったわたしとアリスは、再び湯船へと身を浸けていた。


 さっきまでと違い、穏やかでゆったりと落ち着いた空気が浴室に流れている。


 アリシアが居ないと、ここまで静かになるんだなぁ……。


「少しだけあなたに感謝していることもあるのです、ミナリー。あなたのおかげで、アリシアが随分と明るくなりました」


「えっ?」


 アリスのその発言は、わたしの不意を突く形になった。


 唐突に話しかけられたこともそうだけど、それ以上にアリシアがどうこうという所が、わたしを驚かせる。


「アリシアって、いつもあんな感じじゃないの?」


「いいえ。普段はもう少し物静かな子ですよ。おっちょこちょいな部分は変わりませんが」


「う、うっそだぁ」


 物静かなアリシアなんて想像できない。


 普段からあんな残念な感じだと思っていた。


「嘘ではありませんよ。私も我が王も多忙で、あの子にあまり構ってやれなかったというのもありますが。きっと、寂しい想いをしていたでしょう」


「だから、仕事中にポエム考えてたのかな……」


「ポエム?」


「あ、いや、こっちの話!」


 別に誤魔化す理由もなかったけど、アリシアの名誉のために黙っておいてあげよう。


 ……アリスの話しぶりだと、アリシアが元々物静かだったと言うよりは、単にアリシアの相手をしてくれる人が誰も居なかった感じだろう。


 仕事で忙しいアリスと王様に、アリシアがわざわざ構ってと寄って行くわけもないし、彼女が一人きりだった時間は決して少なくないはずだ。


 ……でも、うぅ~ん。やっぱり物静かなアリシアって想像できないなぁ。


「それ、ホントにアリシア? アリシアの皮を被った幽霊だったりしない?」


「我が妹ながら酷い言われようですね……。今日、あの子と会ったばかりのあなたにはそう思えても仕方がないのかもしれません」


「どうして?」


「あなたと共に居るアリシアを見ると、彼女がまだ幼かった頃を思い出します」


 アリスは視線を宙に彷徨わせた。それはまるで、どこか遠い所を見ているかのように。


 過去の記憶に、想いを馳せているかのように。


 ……うわぁ、話長くなりそう。


「私が我が王に……シュード様にお仕えする前のことです。元々、私の生まれたアリアス家はシュード様のお母上と縁のある家でした。ここ王都で王権争いによる内乱が起こった際、ほんの一時だけシュード様をアリアス家で御守りすることになりました」


「へぇー」


「私と、そしてアリシアがシュード様に初めてお会いしたのはその時です。確か十一年前なので、私がまだ十歳、シュード様が九つで、アリシアは五つの時でした。短い間でしたが、歳が近いこともあって私たちは毎日をずっと共に過ごして居たのです」


 ほーん。要するに、アリスとアリシアと王様が昔馴染みだったってことのはず。


 半分くらいボーっとしてたから聞き流しちゃってたけど、たぶん間違ってない。たぶん!


「当時の私たちの中心だったのが、アリシアでした。と言うより、私とシュード様がアリシアに振り回されていたのです。それはもう、男児顔負けのわんぱくぶりで……………本当に、出来の悪い困った妹でした」


 出来の悪い困った妹。


 ……なんて言いつつも、アリスの表情は穏やかで優しさに溢れていた。


 手がかかる子供ほど愛らしいと言うし、きっと似たような感じだと思う。


「昔からなのですよ。ドジでおっちょこちょいですぐに調子に乗って、普段は強気なのに肝心な所で恥ずかしがったり緊張してしまったり」


「あ……」


 それは、わたしの知るアリシアだ。


「ええ……。もちろん当時そのままというわけではありませんが、……きっと、あなたと共に居る今のアリシアこそが本当のアリシアなのです」


 本当の……なんて言われてもいまいちピンと来ないけれど、でも、ずっとアリシアと一緒に居たアリスがそう言うのなら、きっとそうなのだ。


「……ミナリー。私はまだあなたを雇い入れた我が王の判断に納得していません。ですが同時に、あなたに感謝しなければならないとも思っています」


「か、感謝って……」


「ありがとう、ミナリー。アリシアと、友達になってくれて」


「――ッ!?」


 面と向かって告げられた感謝の言葉に、わたしは耐えられずアリスからソッポを向いた。顔が熱い。


 急激にお湯の温度が高くなった気がする。と、溶けちゃいそう……。


「さ、先に上がってるからっ!」


 わたしは逃げるように浴室から脱衣場へ出た。


 アリスの感謝の言葉が頭に残り続ける。


 別にアリシアと友達になったつもりなんてない。


 でも、それも悪くないかなと……お金以外に心を動かされたことが堪らなく悔しいけれど……そう思えてしまった自分が居た。

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