第26話:メイド、気にする

 窓から差し込む朝の柔らかな日差しに、ゆっくりと瞳を開きます。


 普段と何ら変わらない起床時間。


 ベッドから起きあがり、洗面所で眠気を洗い落としてから、パジャマを脱ぎ捨てクローゼットにある正装(メイド服)を手にします。


 頭の中で今日の予定を組み立てつつ、メイド服を身に着けようとして、


「えっ……?」


 な、何だかいつもより、ワンピースの着心地が苦しいような……。


 特に胸のあたり。


 着てはみたものの、動き辛さが顕著でした。


 とにかく、無理にでも着なければ。


 私が遅刻をしてしまっては、アリシアとミナリーに示しがつかないというものです。


「き、キツイですが、着られないほどでは……ぐぬぬぅ……!」


 強引に胸元のボタンをはめて、エプロンやカチューシャといった諸々のものを身に着け部屋を出ました。


 動きにくいことこの上ありませんが、我慢するしかありません。


 にしても、どうして…………まさか、いえ、でも食生活には気を遣って……しかし、ミナリーが主に食事を作るようになってからは……。


 思案しながら歩みを進めて行くと、広間では既に二人のメイドが待っていました。


 朝から快活でシャキッとした表情のアリシアと、眠たそうに目をこすりながら気だるげな表情を見せるミナリーです。


「お、おはようっございます、二人……とも」


「おはようございます、お姉さま!」


「ふわぁ~ぅ。おはよー、アリス。……あれ? なんか顔赤くない?」


「え、そ、そんなことは、ありませんっ……よ?」


 ふぅーん、とミナリーは私をジッと見つめながら相槌を打ちます。


 相変わらず、観察眼だけは侮れません。


 にしても、服がきつくて話すだけでもひと苦労です。


「そんなっ、こと、よりも……今日の段取り、ですがっ」


 昨夜の内に用意しておいた、段取りを書き記した紙を出そうと前屈みになった時でした。


 ――びりっ。


 ……なんだかとてもとても嫌な音が、静寂の中に響き渡ります。


「え、えーっと、お姉さま?」


 フリーズして動きを止めた私に、妹が遠慮がちに声をかけてきます。


「今、何かが破れるような音がしたような……?」


「さ、さあ。私には何も聞こえませんでしたが、空耳ではないですか?」


「え、でも、確かにお姉さまの近くから……」


「空耳ですよ、ア・リ・シ・アぁ?」


「は、はいっ! 空耳です、お姉さまっ! あたしの気のせいでしたっ!!」


 腰を九十度に折り曲げて頭を下げるアリシアに満足し……満足している場合ではないことを思い出します。


 布の破けた音が実際にどこから聞こえたのか、早急に確かめねばなりません。


 このことがミナリーにばれでもしたら――


「あ、背中破けてるよ?」


「えっ!?」


 ミナリーに指摘され、思わず反射的に背中を確認しようと胸を張ってしまいます。


 それが仇になりました。


 ――ブチシュッ!! 


 と、何かが千切れると同時に弾け飛ぶ音。


 次の瞬間には、私の胸元から射出されたボタンがミナリーに襲いかかります。


「アリシアガードッ!!」


「え、ちょ、何であたし――がはぁっ!?」


 ミナリーの盾となったアリシアの額に直撃するボタン。


 アリシアは白目を剥いて、仰向けにゆっくりと倒れ落ちました。


「あ、アリシアぁあああああああああああああああっ!? 酷い、誰がこんなことをっ!」


「それはあなたで…………いえ、私でもありますが……」


 原因が原因なだけあって、悲壮な表情を装ってアリシアを抱きかかえるミナリーに強く言うことができませんでした。


「まあ、それはどうでも良いとして」


 ぽいっとアリシアを床に投げ捨てるミナリー。


「アリス、もしかして太った?」


「――ッ!!」


 人が気にしていることをアッサリと!


 ミナリーだけには勘付かれたくありませんでしたが……こうなった以上、下手に否定しても恥の上塗りにしかならないでしょう。


「……ええ。どうやらそのようです」


「そっかぁ、太っちゃったんだぁー。へぇー?」


「な、何が言いたいのですかっ?」


「いやぁ、実は良いダイエット方法を知ってるんだけど、どうかなぁーと。このダイエット方法ならすぐに元の体型に戻るはずだよ。今ならお安くするから……ね? くけけっ」


「う、ぐっ……」


 普段なら彼女の口車には絶対に乗らないのですが、背に腹は代えられないとは、まさにこのことでしょう。


 私は断腸の思いで、彼女の提案に乗ることにしたのでした。

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