第27話:メイド、決心する

 運動のしやすい服装に着替えた私は、ミナリーと共にお城の中庭へ来ていました。


「本当に良かったのでしょうか……」


 普段ならばシュテイン王国ないし我が王のために働いている時間帯。


 私の心に罪悪感が重くのしかかります。


 と言うのも、私は仕事をサボってしまったのです。


 王の右腕たるもの、どのような事態に陥っても己が使命を全うするべき。そう思っては居たのですが……。


「じゃあ、アリスはそんな変わり果てた姿で王様に会えるの?」


 と言う、ミナリーの台詞が私に王の右腕としてのプライドをかなぐり捨てさせました。


 別に、王様に良いように見られたいと言うわけではありませんが、ただ、王の傍に居る者として、最低限の身なりは整えるべきなわけでして、決して太った私を我が王に見られたくないと言う乙女心が働いたわけではないのです、ええ。


「良い、アリス? ダイエットに一番大切なのは気合と根性だよ! と言うわけで、まずはうさぎ跳びで中庭を五十周!」


「本当にそんなので痩せられるのですか?」


「もちろん! テキトー……じゃなくて! シンプルイズベストだよ! 変な食品とか飲み物とかに頼らなくても、運動と食事と睡眠のバランスを整えれば痩せられるんだから!」


「その理論だと気合と根性で己を追い詰める必要ありませんよね?」


「相乗効果だよ、そぉーじょーこぉーか! うさぎ跳びが終わったら腕立て、上体起し、スクワットをそれぞれ百回とランニング十キロだからね!」


「まあ、やれないことはありませんが……」


 これでも、我が王に楯突く者たちを屠るためそれなりに鍛えてきたつもりです。


 ミナリーの課すダイエットメニュー程度であれば、時間はかかりますがそれほどキツイものでもありません。


 ……どうもいまいち、信用しかねます。一つ、試してみましょうか。


「ところで、ミナリー? このダイエット、当然あなたも試したことがあるのですよね?」


「ふぇっ? あ、あー……うん。もちろんだよ!」


「では、一緒にどうですか? あなたも最近、顔の周りがふっくらしたように思えますよ?」


「うぇえっ!? そ、そうかなぁ? そんなことないと思うけどー……」


 ええ、実際そんなことはありません。


 よく城の食材を無断で使ってお菓子を作り食べているところを見かけますが、ミナリーの体型は不思議なほどに維持されています。


 それがダイエットの賜物なのか、それとも彼女本来の体質なのか。


「わ、わたしは別に良いかなぁー。……もっと楽なダイエットなんていくらでもあるだろうし」


「何か言いましたか、ミナリー?」


「え、な、何も言ってないよ!? ほ、ほらっ! 早くダイエット始めないと!」


 不自然に私をせかしてダイエットを始めさせようとするミナリー。


 やはり、怪しく感じます。ここは徹底的に追及をした方が――


「何をやってるんだ、二人とも?」


 唐突に聞こえた声。


 振り返ると、中庭に面する通路には我が王の姿が。


 不思議そうな表情を浮かべながら、我が王はこちらへと歩み寄ってきます。


「何時になってもアリスが姿を見せないから探してたんだ。ミナリーも居ないし、アリシアは気絶して『ボタンが、巨乳がぁ』とかうなされてるしで、何があったのかと思ったぞ」


「わ、我が王! こんな変わり果てた姿の私を見ないでください!!」


 嗚呼、どうして中庭なんかでダイエットを行おうとしてしまったのですか、私はっ! 


 これでは仕事をサボった意味がないではありませんかっ! 


 ああもうっ、私の馬鹿馬鹿っ!


「は……? 変わり果てたって……別に普段と変わらないと思うが」


「えっ? いえ、そんなことはっ! だって現に……メイド服が」


 破け、ボタンが弾け飛んだとは、さすがに恥ずかしくて言えませんでした。


 けれど、我が王は何かを察したのか言葉を続けます。


「それ、サイズが小さかったんじゃないか? 大方、アリシアのものと間違えたんだろう」


「ま、間違え……?」


 言われてみれば、確かに普段より小さいメイド服だったような気が……。


 アリシアの物と仮に間違えたのであれば、胸のあたりを特にきつく感じても何ら不思議ありません。


「で、では、私は太ったわけではなかったのですねっ!」


「よかったね、アリス! じゃ、わたしは仕事に戻るから!」


「ええ…………と行くわけがないでしょう、ミナリー?」


 私に背を向けて去ろうとするミナリーを呼び止めます。


「……確か昨日の洗濯当番は、あなたでしたよねぇ?」


「そ、そうだったかなぁー……? 覚えがないなぁー……? あははははー」


「そうでしたよねぇ、ミ・ナ・リぃー?」


「はい! わたしでしたっ!! わたしが間違えましたぁっ!! いやぁあああああ、わざとじゃないんですぅううううううううううう、許してくださぃいいいいいいいいいっっっ!!」


「あ、こらっ! 待ちなさい、ミナリーッッッ!!!」


 この後、逃走したミナリーを捕まえ説教を終えたのは日暮れ頃。


 遅れた分の仕事が終わったのは、翌日の夜明け前のこと。


 体型に気をつけようと、改めて決心した一日でした。

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