第25話:王様、休憩する
早朝。執務室に入ると、毎度のように机の上には大量の報告書が積み上げられている。
前日の内にアリスが用意してくれている、俺の今日の仕事だ。
俺はこれから、報告書の一枚一枚に目を通して印鑑を押して行かなければならない。
とは言え、まあ、もう数年も同じ仕事を続けているから、最近は苦でも何でもなかった。
「今日は少ない方……だな。一気に片づけるか」
独り言を呟きながら気合を入れ、仕事に取り掛かる。
不本意ながら国の政は基本的にアリスがしてくれているため、王である俺の役割は彼女から回って来る報告書を確認し、何かあれば国王として認可するという、たったそれだけのことだ。
アリスに任せきりな負い目と、自分自身への不甲斐なさを感じながら、報告書を一つ一つ読み進めて行く。
国の財政状況に関する事柄に続き、農業改革の進行状況、南東地区の治安改善案、ミナリーを暗殺者に仕立て上げた者の捜索状況など。
目を通した報告書に印鑑を押しながら、ふと、ある報告書で印鑑を押す手が止まる。
内容は魔導機器技術に関するものだ。このシュテイン王国には幾つかの鉱山があり、そこから魔力を大量に含んだ鉱石――魔導石が多く産出されている。
魔導機器とは、魔導石を動力とした機械のことを指し……まあ、簡単に言えば暮らしを便利にする技術だ。
城の照明は全て魔導機器であり、厨房には魔導式コンロが設置されている。
魔導式コンロについては、ミナリーがいちいち火を起こして薪をくべなくて良いとありがたがっていたのが印象的だった。
魔導機器はまだ国民全般に普及しておらず、王都の外ではほとんど見られないのが現実なのだ。
魔導機器技術はそもそも、長い間王族が独占し続けてきた技術だ。
俺が国王になって、アリスと共に国民の間へ技術を広める努力をしてはいるが、なかなか上手く行っていないのが現状だった。
アリスからの報告書にも、技術のあまり良くない普及率が書かれている。
「採掘と加工に、やはりコストがかかりすぎるか。諸外国からの技術開示や輸出量の要望も増えてきたな……」
現状、アルミナ大陸の一小国でしかないこのシュテイン王国が存続しているのは、アリスの頑張りと魔導機器技術によるところがとても大きい。
現状維持が理想だが、それも段々と難しくなってくるだろう。考えるだけで、頭が痛くなる。
「王様ぁー、居るー?」
「ちょっ!? あんた何をフレンドリーに呼びかけちゃってんのよ!? 失礼でしょーが!」
コンコンという乱雑なノックに続き、執務室の扉の向こうから騒がしい声が聞こえてきた。声から察するに、ミナリーとアリシアだ。
「シュード様、申し訳ありません! ミナリーが失礼な――」
「入るよー」
「だからあんたは、ちょ、待ちなさいよぉっ!!」
無遠慮に扉を開いて入って来るミナリーを追って、アリシアも遠慮がちに目を伏せながら執務室に入った。
彼女たちの手にはそれぞれティーセットとプレーンスコーンの入った小さなバケットがある。
「これ、アリスが王様にお茶と軽い昼食を用意しろって言うから。サンドウィッチと迷ったんだけど、ちょうど良いパンが無かったんだよねー」
「そ、その! お口に合えば良いんですけど……」
何食わぬ顔でバケットからスコーンをつまんでモグモグと食べ始めるミナリー。
一方でアリシアは顔を赤らめ、チラチラと俺の様子を伺っている。
きっと、また頑張って作ってくれたんだろう。
「そうだな……。せっかくだし、休憩にするか」
報告書から目を離し、一つ大きく伸びをする。
仕事の進捗は普段よりもやや遅いくらいだったが、元々が少ない分だけ時間には余裕がある。
少しくらい休んでも大丈夫だろう。
「二人も一緒にどうだ? 昼食はまだなんだろ?」
「良いの? じゃあ遠慮なく!」
「少しは遠慮しなさよっ! あ、あたしたちまだ仕事が……」
「大丈夫だよ、少しくらい。折角の王様のお誘いを、アリシアは断るの?」
「そ、それは……うぅっ」
アリシアはしばらく逡巡し、やがてちょこんとソファに腰を下ろす。
その隣にミナリーが座り、俺は二人と対面になるソファに腰かけた。
ちゃっかりと三人分用意されているティーカップに、ミナリーが紅茶を注ぐ。
初めからここで仕事をサボるつもりで居たのだろう……まったく。
「アリシア、ハチミツ取ってー」
「それくらい自分で取りなさいよ」
「じゃあ王様、ハチミツ取ってー」
「おいこらっ!!」
休憩に託けた騒がしいティータイムが始まる。たまにはこういうのも、悪くない。
まあ……。
この後三人とも夕食までに仕事が終わらず、一人ティータイムから除け者にされたといじけて不機嫌になったアリスに、たっぷりと絞られることになったわけだが。
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