第24話:メイド、閉じ込められる

 どうしてこのようなことになってしまったのか、今となっては考えることすら馬鹿馬鹿しく思えて仕方がありません。私はただ、倉庫の整理をしていただけのはずでした。


「アリシアのアホぉおおおおおおおおおおっ! 誰か助けてぇえええええええええっ!!」


 扉に縋りつきながら叫ぶミナリーが、現状を如実に表現していると言えるでしょう。


 私は……いえ、私とミナリーは、城の倉庫に閉じ込められてしまったのです。


 あらかじめ断っておかなければならないのは、決してアリシアに悪意がないということです。


 彼女はきっと倉庫の前を偶然にも通りかかり、そして扉が施錠されていないことに気づいたのでしょう。


 だから当然のように鍵を閉めて倉庫から離れて行った。


 ええ、何の不手際もありません。


 城に働く者として、妹は当然の責務を果たしたのです。


 ……まあ、倉庫の中に誰かが居る可能性を考えなかった点は苛立たしくありますが。


「どうですか、ミナリー?」


「ぜんっぜんダメ! アリシアどころか衛兵の人たちも通らないよ」


「まあ、この倉庫の辺りは巡回頻度の少ない所ですから……」


 倉庫と言っても、中身は主に城内で使用しなくなった雑貨品などで、警備優先度は決して高くありません。


 次に巡回が来るとしても、およそ陽が暮れた後になるでしょう。


「アリスの方は?」


「こちらも思うような収穫は今のところ」


 もしかすると私も把握していなかった出入り口があるかもしれないと倉庫内を一通り探してはみたものの、そんなものが当然あるわけもなく。


「誰かが通りかかるまで待つしかありませんね」


 私は床に腰を下ろして、倉庫の外を誰かが通りかかるまで静かに待っていることにしました。


 一方でミナリーは倉庫の中を物色し始めます。


 きっと金目の物でも探しているのでしょう。ガラクタしかないというのに、よくやるものです。


「うーん、使い古されたオモチャとかよくわかんない置物ばっかり」


「だから言ったではありませんか。金目の物なんて無いから手伝わなくても良いと」


「でも探せば何かあるかもしれないし!」


「まったく、お金のことだけには貪欲なのですから……」


 その欲に駆られたせいで閉じ込められていると言うのに……。


 彼女のそのひたむき加減には、危うくほんの少しだけ尊敬の念を抱いてしまいそうになります。


「おっ……!」


 何かを見つけたのか倉庫内を物色していたミナリーが唐突に声を上げました。


 彼女が持っているのは淡いピンク色にキラキラと輝く液体が入った試験管。


 あれって確か……。


「これは何だかお金になりそうな予感! 何かのポーションの類かなぁ?」


 一般に流通している治癒や解毒のポーションは、一般的に半透明な青色や緑色。ミナリーの手にある試験管の色はピンク。


 共通点は液体であることくらいでしたが、存外鋭い観察眼です。


 彼女が持っている試験管は私がかつて作った強力な治癒のポーションで――


「匂いだけ嗅いでみよう」


「あ、ミナリーそれはっ!」


 空気に触れると液体の一部が気化してしまい、それを吸い込んだ者に意識の混乱と軽い媚薬の効果を与えるという……失敗作。


「ふにゃぁ……」


 匂いを嗅いだミナリーはふにゃりと床に座り込み、彼女の手から落ちた試験管からピンクの液体が流れ、床に水溜りを作ります。


「しまっ……」


 狭い倉庫内。


 気化した液体が倉庫に充満するまでそう時間は要しません。


 とにもかくにも、急いで換気しなければ私まで大変なことにっ!! 


 しかしながら倉庫の中にあるのは小さな小窓のみで、しかも下開きでろくに空気の循環が行われるようなものでなく。


 最終手段として扉を蹴り破ることも可能ですが、嗚呼でも修繕費が!


 お城の財政を考えるとそのような無駄な出費を増やすわけにはぁ……っ!


「ふにゅぅ~。ありすぅ、ありすぅ~!」


「ひゃぁっ!? こ、こら、ミナリー! 離れなさいっ!!」


 意識が朦朧としているのか、トロンとした表情で私に縋りつくミナリー。


 狭く物や棚で溢れる倉庫内では、怪我の危険があるため無理に引き剥がすこともできません。


「い、いい加減にしなさいっ!」


 私はミナリーを強引に押し倒し、暴れないように手足を抑え込みました。


 これで誰かが助けに来るまで彼女の動きを封じていれば……、


「お姉さまっ、ミナリーっ! ごめんなさい、あたし二人が中に居るって知らなく……て」


「姿が見えないってアリシアが言うから心配してたんだ。無事か、二人と……も」


 まるで図ったかのように開かれる扉。


 その向こうに居るアリシアと我が王が見たのは、ミナリーに襲いかかるように彼女を押し倒した私の姿。


「こ、これは……ち、違うのですっ! これはぁっ!」


 二人の誤解を解くのに、私は多くの時間を割かなければなりませんでした。

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