第43話:村娘、再び悪の道に落ちる
わたしの一日はただ働きから始まって、ただ働きで終わる。
客間をどれだけ掃除しても。食事をどれだけ気合を入れて作っても。
洗濯もお風呂掃除も全部零ウェン。
そして、寝る間を惜しんでお祭りの後片付けを一人でしているけれど、当然これにも報酬は出ない。
全部、何をやっても、どれだけ働いても、わたしの懐にお金が入ってくることはない。
これじゃ村に居た頃と何も変わらない。むしろ今の方が何倍も働いている。
それなのに、銅貨一枚だって貰えない。
こんなのってないよ……。あんまりだよ……。
「こんなの絶対おかしいよぉっ!!」
深夜に祭りの後片付けをしながら、一人で闇夜に輝く満月へと叫んでしまった。
この叫びがアリスに届いて、同情心を誘い、給料カットを取り消して、むしろ給料アップしてくれないかなと、そんな願いを思い浮かべてみる。
「はぁ……」
さすがにそれはないかぁ……と溜息が出た。
そんな時だった。
『お困りですかな、お嬢ちゃん?』
聞き覚えのある声が耳朶へと響き、わたしは反射的に気配を感じた方へ振り返った。
けれど、そこにあるのは城壁から下がった垂れ幕だ。
風に揺られバサバサと音を立てていた。
『こっちじゃよ、お嬢ちゃん』
再び声がする。
聞こえた方を見ると、そこには紺色のローブで身を隠した誰かが居た。
声はしわがれていて、男の人か女の人か判別がつかない。
身長はわたしと同じくらいだけど、酷い猫背だからもう少し高いだろう。
ローブのフードに遮られて顔は見えず、見た目でも性別はわからなかった。
でも、年齢はそれなりに高そうだ。
『久しいのぉ、お嬢ちゃん?』
「あなたはっ…………………………え、誰だっけ?」
何となく見たことはあるような、ないような。
『儂じゃよ、儂じゃ! このローブに見覚えがあるじゃろう?』
「あ、変質者で露出狂の人?」
『違うわぁっ!! 誰が変質者で露出狂じゃ!? 儂はお主にシュード・シュテインの暗殺を依頼した魔術師じゃ!!』
そう言えば、そんな人も居たような気がする。
お城での生活の中ですっかり忘れていたけど。
思えば、わたしがお城で働くようになったのは、このローブの人が原因だった。
『思い出してくれたか、お嬢ちゃん』
「うん、まあいちおう。久し振りに出て来たからすっかり忘れちゃってたよ」
わたしがお城で働くようになってそろそろ一か月だから、ローブの人とも一か月ぶりくらいの再会だった。
今まで何の音沙汰もなかったけど、何をしてたんだろう?
『ちょっと色々とあってのぉ。準備に手間取ってしまったんじゃよ』
「準備って……もしかして、まだ王様を暗殺するつもりなの?」
もうすっかり諦めちゃったのかと思っていたけど、どうやらそういうわけじゃなかったらしい。
ローブの人は『当然じゃ』とフードの下で頷いて見せた。
『儂にはこの国の王とアリス・アリアスに怨みがある。この怨みを晴らすまで、決して諦めはせん!! 絶対にじゃ!!』
「へぇー……」
『それでじゃ、お嬢ちゃん。もう一度、儂に力を貸してはくれんか? 報酬ならたんまりと用意しておる』
少し前のわたしなら、二つ返事で頷いていただろう。
でも、今のわたしは知ってしまっている。
……アリスの恐ろしさを。
「無理だよ。いくらローブの人が魔術師でも、アリスにはかないっこないよ」
『では、そのアリス・アリアスを封じる術があるとしたらどうじゃ?』
「あるのっ?」
『その術を準備するために、一か月近い時間を要したのじゃよ』
あのアリスを封じる術なんて想像もできないけど、ローブの人はよっぽどの自信があるのか『ひっひっひ』と卑屈な笑い声を漏らしている。
仮にアリスを封じる術が本当にあるとして、だとしたら王様暗殺の難易度はぐっと大幅に減ることになる。
それこそ、前回みたいなヘマをしない限りは、九割九分成功しちゃいそうなくらい。
……でも、本当にそれで良いのかな?
王様には暗殺しようとしたはずのわたしを雇ってくれた恩がある。
アリスだって何だかんだとわたしの面倒を見てくれたし、アリシアはわたしのことを友達だと言ってくれた。
ローブの人に協力するということは、王様たちを裏切るということだ。
今さら、そんなことできるわけ――
『ちなみにじゃが、報酬は金貨千枚を儂と山分けでどうじゃ?』
「やります!! 誠心誠意頑張らせて頂きますっ!!」
こうしてわたしは、再びローブの人に雇われ王様暗殺に加担することにした。
……え?
王様への恩?
なにそれ、お金よりも美味しいの?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます