第13話:村娘、厨房に死す
応接室の掃除を終えたわたしは、アリスと別れてアリシアと共にお城の厨房へ来ていた。
どうやらこれから、王様とわたしたちの昼食を、アリシアが用意するらしい……。
「いくら人件費削減だからって、コックまで解雇しちゃうなんて……」
どうりで、王城に忍び込んだ際に厨房で誰とも出会わなかったわけだ。
王城の広々とした厨房には、わたしとアリシアの二人しか居ない。
アリスがこのお城の実権を握る前は、きっと大勢の調理人たちが働いていたのだろう。場を持て余している感が凄まじく、同時に言い知れぬ物悲しさがあった。
「ねえ、ホントにアリシアが料理を作るの……?」
「もちろんよ。こう見えて、料理にだけは自信があるのよね!」
「えぇー……」
「なによ、その顔は。どこが不安だって言うのよ」
彼女の様々な失敗を見てきた身としては、逆にどこに安心できる点があるのかと問い返したくなる。
そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、彼女は一枚の紙を取り出した。
「大丈夫よ、そんなに心配しなくても。レシピを考えたのはお姉さまだし、あたしはそれに従って作るだけだから。ほら、レシピもちゃんと…………うん、レシピね。レシピよね。よしっ、レシピもちゃんとあるんだから!」
アリシアは何度も入念に確認してから、レシピが書かれた紙をわたしに手渡した。
わたしにポエムを読まれたことが、どうやら彼女の中でトラウマになっているらしい。
レシピの中身を見てみると、丁寧な字で今日の昼食の献立が書かれていた。メインはシュテイン王国を含むアルミナ大陸北東部の郷土料理をベースにした、創作料理のようだ。
わたしの知らない食材や調味料が幾つか含まれていて、具体的にどんな料理になるか想像できないけれど、手順や調理の際の注意などが事細かに書かれている。
アリシアが謎の自信を持っているのにも、これなら納得だった。
「ま、そういうわけだから。今度こそ、あんたは黙って見てれば良いわ」
「わかったよ、アリシア。フライパンを溶かさないようにだけ気をつけてね」
「ええ……って、溶かさないわよっ! 逆にどうやったら溶けるのよ!?」
なんて会話の後に、アリシアはさっそく調理に入った。
しばらく見ていたけれど、彼女は危なっかしくも慣れた手つきで料理を作っていく。
包丁の使い方や不器用に切られた食材、稀に素材の分量が大雑把になる所とか、気にはなったけど指摘するほどじゃなかった。
これならじっと注意深く見ていなくても良さそうだ。
……でも、あれ?
何か引っかかるような……?
まあ、良いか。
手持無沙汰になったわたしは、厨房の物色……もとい、備品の確認を始めた。
金目の物があるとは思えないけど、もしかしたら誰かのヘソクリがあったりするかもしれないし。
「何やってんのよ、あんた?」
「厨房に何があるのかなぁー、と思って」
「へぇー。そうだ、少し大きめのボウル取ってくれる? 今ちょっと手が離せないのよ」
「うん、わかった」
あんまり入念に調べるとアリシアに怪しまれるかな? 物色はまた今度にしよう。
物色中に調理器具は一通り把握したから、ボウルが入っている場所には覚えがあった。
壁際にある棚の、一番下の引き出しだ。中を覗くと大小数種類のボウルがある。
わたしはその一番奥にある、それなりの大きさのボウルを取ろうとして、
「……あれ?」
何かが手の甲に当たった。ゴキブリかなと思ったけれど、別に動いているわけじゃない。
手で触れて確認すると、一つ上の引き出しの裏に、何かが張り付けられているようだった。
「何だろ、これ……?」
「ミナリー! ボウル見つかったぁー?」
「あ、うん! あったよ!」
何があるのか気になったけれど、あまりアリシアを待たせるわけにもいかない。
後で確認することにして、わたしはボウルを持ってアリシアの元へ駆け寄った。
彼女はスープを煮込みながら首を傾げている。
「持ってきたよ、アリシア。どうかしたの?」
「ああ、ありがと、ミナリー。このスープなんだけど、ちょっと味にまとまりがない気がして悩んでたのよ。そうだ、味見してあんたの感想を教えて欲しいんだけど」
「あ、うん。わかった」
お城の人と貧しい農村の娘の舌が合うかはわからないけれど、王族の食事を味見させてもらえる機会なんて滅多にない。断る理由はなかった。
スープをスプーンにすくって口に運ぶ。直後に口の中に広がる、不思議な味わい。
……あれ?
おかしいな。何だかデジャヴを感じる気が…………ぁ。
全身の力が抜けて、厨房の床に倒れ込む。
遠くからアリシアの動転した声が聞こえる気がするけど、上手く聞き取れない。
そっか、思い出した。王様暗殺のため忍び込んだ日も、料理をつまみ食いして、こんな感じで倒れたんだ……。
あ、はは、そっか……。
王様の料理に毒が仕込まれてたんじゃなくて……料理そのものが、始めから毒物、だったんだぁ………………がくっ。
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