第14話:村娘、ジョブチェンジする

 目が覚めると、ベッドの上だった。


 見慣れない純白の天井。ベッドはベージュ色のカーテンで仕切られ、その向こうの様子は窺い知れない。


 ボーっとする重い頭を持ち上げ、ベッドを降りてカーテンを開くと…………………………そこには、王様が居た。


「え、なんで……?」


「起きたか、ミナリー。調子はどうだ?」


「あ、うん。大丈夫、だけど」


 そう答えると、王様は「そうか」と安堵した表情で微笑む。ほんの少し頭が痛むけれど、記憶もハッキリとしているし、不思議な力に目覚めたりもしていなさそうだ。残念。


 毒物を食べさせてくれたアリシアには後でちゃんとお礼をしておかなくちゃ。


 それはそれとして。


 どうやらここは、お城の医務室だろう。


 薬品の棚が壁際に並び、部屋の中にはほのかにアルコールの香りが漂う。カーテンの隙間から差し込む光が、風にカーテンが揺れるたび波打っていた。


「あの、王様がどうしてここに?」


「ん? ああ、俺がお前をここまで運んだんだよ。アリシアが泣きべそかきながらミナリーが倒れたって俺の所に来たんだ。それで、俺が医務室まで運んで、アリスもアリシアも忙しいから、比較的に暇な俺が様子を見ていることになった」


「お、思ってたよりも大事になってる……?」


「気にするな、ミナリー。アリシアの料理を対策なしに食べたんだ。誰だって気絶くらいはするさ」


「…………」


 王様にまでサラッとディスられるアリシアが可哀想で言葉に詰まった。


「まあ、慣れたら薬なしでも食べられなくはないんだが……」


 王様は薬品棚の方に視線を向けながら、どこか遠い眼で言った。


 体が慣れるまで薬がないとちゃんと食べられない食事っていったい……。


「そ、そこまでするなら料理人を雇い直せば良いんじゃ……?」


「ちゃんとした料理人は財政的に報酬を支払うのが難しいんだ。せめて王家に権威が残っていれば別だったかもしれないが…………」


 それもそうか。


 王城で安い給料で働くよりも、料理人なら自分の店を持って働いた方がお金を稼げそうだ。


 こんな小国の王城の料理人が大きな名誉になるとも思えないし、まともな料理人なら普通は働きに来ないだろう。


「逆に言えば、こんな城に料理人として働きにくる奴は怪しい。雇いたくても、リスクを考えると雇えないんだよ。だから、身内で食事を作るしかない」


「じゃ、じゃあせめて、アリスに作ってもらうとか」


 完璧超人のアリスなら、きっと美味しい料理を作ってくれるはず。


 けれど、王様は色好い返事をしなかった。


「アリスには仕事を任せ過ぎている。できれば、これ以上の仕事は押し付けたくないんだ」


 王様が遠慮する気持ちはわかる。


 お城の掃除をしている最中、わたしは幾度となく慌ただしく城内を走り回るアリスを目撃していた。


 今の仕事量に加え、食事まで任せてしまっては、さすがのアリスでも大変だろう。


 それでもアリスならやり遂げそうではあるけれど。


 ――それに。


 王様は続けて言った。


「思い出すんだ、ミナリー。お前がこの城に忍び込んだ時に食べた料理、見た目だけは良かっただろう? アレを、アリシアが作ったとでも思っていたのか?」


「……っ!? それって、まさか……っ!」


「ああ……。あの日はアリシアじゃなくてアリスが食事を作ってくれたんだ。アリスの作る料理は見た目だけ完璧なんだが……残念ながら、アリシアと同レベルだ。……ぶっちゃけ、俺の方が美味い料理を作れる自信がある。たまに、夜食や間食をこっそりと作っていたりするからな……」


「人件費削減の余波を一番食っているのって、実はアリスじゃなくて王様なんじゃ……?」


「とにかく、アリスもダメだ」


 料理人の雇用もダメ、頼みの綱のアリスもダメ。


 後は王様くらいだけど、それはさすがに本末転倒な気がする。


 メイドが食べる料理まで作らないといけないわけだし。


「万策尽きたかぁー……」


「いや、まだだ。一つだけ、俺に策がある」


 頭を抱え込むわたしに、王様が告げる。たった一つの、最後の策を。


「……ミナリー、お前に賭ける。お前が、料理を作ってくれ」


「………………え? えええええっ!? 料理を、わたしが? い、いや、いやいやいやいや、無理だよ! 確かに家じゃ家族の食事を作ってたりもしたけど、ほとんど毎日が野菜スープだったし! 何よりお金持ちの舌に合う食事なんて作れるはずが――」


「頼む、ミナリー! 何でもいい、まともに食べられる料理が食べたいんだっ!」


「で、でも……」


「給料を五割アップにする!!」


「やります。やらせてください! 誠心誠意頑張らせて頂きますッ!!」

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