第15話:村娘、挑む
「ダメです」
開口一番、アリスが口にしたのは却下の言葉だった。場所は彼女の執務室。
銀縁のメガネをかけ書類に目を通しているアリスに対し、王様が頭を垂れていた。
こうして見ると、まるでアリスが王様の主みたいだ。主従関係が完璧に逆転しちゃっている。
「いくら王が頭を下げようと、王を補佐する私の立場として認めるわけにはいきません」
頭を下げれば何とかなる……なんて王様が言っていたけれど、その目論見に反してアリスは毅然とした態度で王様の懇願を寄せ付けない。
王様とわたしが彼女の執務室を訪れた理由はただ一つ。
料理当番をわたしに一任してもらうためだ。
お金……じゃなくて、王様のこれ以上胃に優しくない料理は食べたくないという切なる願いに感化され、わたしは料理当番を引き受けることにしたのである。
ただまあ、お城の人事権はアリスにあるらしく、財政面の管理をしているのもアリスだから、どうしても彼女の許可がなければわたしを料理当番にできないらしかった。
そこで、二人でお願いに来たわけなのだけど、
「絶対に認めません。第一、彼女は貴方様を暗殺しようとしたのですよ? ただでさえメイドにすることも私は反対していたのに、どうして料理当番に賛成できますか」
「それはまあ、そうなんだが……」
アリスのぐぅの音も出ない正論に、王様が返事に窮する。
よもやアリスとアリシアの料理が不味いから……とか、気の優しい王様に言えるはずがないし。
「あー、えっと……そう、アレだ。たまには、庶民の食事も口にしないといけないと思ってな。国王として、国民の生活を知るのは重要なことだろ?」
かなり苦し紛れだけど、いちおうは筋が通っている。……でも、
「ええ、確かに我が王の言う通りです。では、私がリサーチをしてレシピを作成するので、アリシアに作らせましょう」
「あ、いや、だから、そうじゃなくてだな……」
見事な堂々巡りだった。まあ、わかっていたけれど。
なまじアリスが料理以外完璧超人で、アリシアには料理スキルは0でも調理スキルが幾らかあるわけで。わたしが料理当番をする明確な理由を提示しない限りは、アリスも認めてくれないだろう。
……仕方がない。
「わたしからも、お願いします! わたしに料理当番をさせてください!」
王様の横に並んで、わたしも一緒に頭を下げた。
「ミナリー……。あなた、何が目的ですか?」
もちろんお給料!!
……だけど、それを正直に言ってアリスが許可をくれるとは思えない。
だから、テキトーな嘘をつくことにした。
「働きながらずっと考えていたの。わたしには、ここで何ができるんだろうって。わたしはアリスみたいに、何でもできるわけじゃない。アリシアみたいに……えっと、あー……うん、アリシアみたいにどんな仕事でも頑張れるわけじゃない。そんなわたしに何ができるのかなって、考えていたの」
「……それが、料理当番ですか?」
「うん。料理にはちょっとだけ自信があるから。……王様を暗殺するために料理に毒を仕込もうとしたわたしを、アリスが信用できないのはわかるよ。だけど、そんなわたしを雇ってくれた王様とアリスの恩にも応えたい! わたしも、このお城の力になりたいの!!」
本当はお金のためだけど!
「お願い、アリス!」
「ですが……」
アリスはわたしから視線を逸らして言い渋る。心が揺れているように見えるけれど……、くっ……あと一押しが足りなかったか。
「アリス、ミナリーの気持ちに応えてやってくれないか。お前が危惧することもわかるが、少なくとも今のミナリーに俺を殺す理由はないはずだ。そうだろ、ミナリー?」
「え? まあ、うん」
王様を殺しても、もうローブの人からお金が貰えるわけじゃないだろうし。
「た、確かに我が王の言う通りではありますが……、うぅ~……」
どうやらアリスはそうとう悩んでいるようだ。
しまいに彼女は頭を抱えながらうめき声をあげ始めた。
それがしばらく続き、やがてぱったりとうめき声が止む。顔を上げた彼女は普段と変わらないキリリとした表情で、
「わかりました。――ですが、一つだけ条件があります」
「条件?」
わたしが疑問符を浮かべると、アリスは「えぇ」と微笑んだ。
「私は我が王の食事のレシピを考える際に、栄養学から薬学から生物学まで、様々な観点からバランスの良い食事になるよう心がけています。あなたに我が王のことを想った食事が作れるのかどうか……審査させてもらいますよ、ミナリー?」
「審査……?」
「今日の夕食はあなたに任せます。私を認めさせることができたならば、あなたを料理当番にしても構いません。これが条件です」
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