第16話:村娘、囁く
面倒なことになったなぁ……というのが、率直な感想だった。
まさか、作った料理をアリスに審査されることになるなんて。
お給料アップのためにも、今回ばかりは気が抜けなくなった。夕食までにはまだ少し時間がある。
お城にある食材と相談しながら、まずはメニューを考えないと。
「食料の備蓄はここにある分だけで全部よ。仕入れの時期が近いから、あんまり多くはないけど大丈夫よね?」
「うん。ありがと、アリシア」
「…………別に、感謝される程じゃないわよ」
アリシアは素っ気なく答えて、さっさと食糧庫から出ていった。
わたしが居るのは、厨房の地下にある食糧庫だ。薄暗く肌寒い室内で、ランプの灯りだけを頼りに食材を探していく。野菜類は十分。お肉もある。作れる料理の幅は広そうだ。
……まあ、問題はわたしの料理のレパートリーなわけだけども。
さすがに野菜スープだけじゃ、王様もアリスも満足はしてくれないだろう。
ひとまず食糧庫から厨房に戻ると、アリシアが椅子に座って調理台に突っ伏していた。
眠っているわけじゃなさそうだ。目を開きながら、ボーっとしている。
どうも元気がないなぁ、アリシア。わたしが夕食を作ることになったって聞いた時から、こんな感じだった気がする。
そんなにわたしの料理が不安なのかな……?
励ますのも面倒だから放置しておこう。それよりも、わたしにはするべきことがある。
それはもちろん夕食の献立作り……なんかではなく、アリシアの料理で気絶する前に見つけた『何か』を確かめること。
人件費削減で辞めさせられたコックが、こっそりと貯めていたヘソクリかもしれないし!
さっそく、ボウルの入っている棚を開けて一つ上の引き出しの裏に張り付けてある『何か』を剥がす。
それはどうやら、年季の入ったノートのようだった。
「何だろ、これ」
パラパラめくってみると、全部のページに隅から隅までびっしりと書き込みがされていた。
見ているだけで頭が痛くなりそうだけど……でも、これってもしかして。
「手書きのレシピ帳……かな」
びっしりと書かれているのは、そのほとんどが料理のレシピだ。
調理手順や注意点、食材の選び方まで事細かに書かれている。それがざっと、百種類以上。
凄い、これがあれば料理のレパートリーで困ることもなさそうだ。
椅子に座り直して、さっそく使えそうなレシピを探す。……と、
「ねぇ、ミナリー。あたしの料理って、不味いのかな……?」
唐突に、突っ伏したままのアリシアが話しかけてきた。
「え、そんなのあた…………」
危うく素直に答えてしまいそうになって、慌てて口をつぐむ。
ただでさえ元気がないのに、追い打ちをかけるのはちょっと可哀想だ。
それに、不味いと言うか何と言うか、食べたら気絶してしまうから、そもそもレベルが違うと言うか……。
「ど、どうして急に……?」
「……だって、あんたを料理当番にするの、王様が押してるのよね? それってつまり、そういうことじゃない」
「あー……」
確かに、アリシアからしたら自分の料理が不味いから料理当番をクビになったとしか考えられないだろう。
いやまあ、事実そうなんだけど、アリスにどう許可を貰うかばかり考えていたから、アリシアへのフォローをわたしも王様もすっかり忘れてしまっていた。
「あたしなりに、頑張ってきたつもりだったのになぁ……」
アリシアは「ハァ……」と重苦しい溜息を吐く。
「元気出してよ、アリシア。胸が今以上に萎んじゃうよ?」
「…………うるさい」
「あ……っ。はい、ほんと、ごめんなさい……」
マジトーンで返されたから速攻で謝った。うぅ~ん、弄りづらい。
料理当番をクビになったくらいで、アリシアがここまで凹むなんて思いもしなかった。
……もしかしたら、仕事以上の思い入れがあったのかもしれない。例えば、
「もしかして、王様に自分の作った料理を食べて欲しかったとか……?」
「――ッ! な、なんで、あんた……っ!? あ、いや、そ、そんなわけないでしょっ!?」
どうやら図星だったらしい。
アリシアは顔を真っ赤にしてあたしに詰め寄って来る。
「ち、ちがっ、違うわよ!? 王様に料理を褒めて欲しかったとか、美味しいって言って欲しかったとか、ぜ、全然、ちっとも、全くっ、絶対にないんだからねっ!」
「へぇー。王様に料理を美味しいって褒めて欲しかったんだ」
「~~ッ! ~~ッ! ~~ッ!」
顔どころか全身が赤くなるアリシア。なるほど、彼女が凹んでた理由がやっとわかった。
これは……利用せずに居られない!
「……ねえ、アリシア。一つ提案があるんだけど」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます