第17話:村娘、墓穴を掘る

 夕食の時間になり、料理をアリシアと共に食堂へと運ぶ。


 食堂には既に王様とアリスが揃っていた。


 二人は食事の準備が整ったテーブルに腰かけ、料理を待ち構えている。


「来ましたね、ミナリー。さっそく、あなたが作った料理を見せてもらいます」


 わたしはコクリと頷いて、二人の前に一皿ずつ料理を並べて行く。


「まず一品目は野菜スープです。続いて、パンと生クリームから作ったバターになります

「ふむ。どちらもまあまあなチョイスです」


「そして最後に、メインはビーフハンバーグです。熱い内にお召し上がりくださ――」


「待ちなさい、ミナリー」


 一礼をして下がろうとしていたわたしを、アリスが呼び止めた。


 顔を上げると、彼女は瞳を鋭くしてわたしを睨みつけていた。


「どういうつもりですか、この歪な形のハンバーグは。しかも焦げているではないですか。このような粗末な物を、我が王に食べさせるつもりですか、あなたは?」


 小姑みたいな物言いのアリスが言っているのは自分の皿のハンバーグ……ではなく、王様の前に配膳されたハンバーグのことだった。


 彼女の言うように、王様の前にあるハンバーグは形も歪で焦げ跡がとても目立っている。


 デミグラスソースと彩を添える野菜のおかげで何とか見栄えを保っているけれど、少なくとも、王様に出せる料理でないのは明らかだ。


 アリスの前にある完璧な形のハンバーグに比べると、その酷さが鮮明になっていた。


「申し訳ありません、我が王! すぐに私の物と――」


「いや……待て、アリス。別に構わない」


 ハンバーグを取り替えようとしたアリスを、王様が制止する。


 王様は意味深な微笑みを浮かべていた。きっと、気づかれてしまったのだろう。


「食べれば良いんだな、ミナリー?」


「うん。味は保障するよ」


 王様はわたしと……そしてアリシアに頷いて見せ、ハンバーグを切り分けて口に運ぶ。


 もぐもぐと、王様の口が動く。シッカリと味を確かめながら、楽しみながら、王様はゴクリとハンバーグを咀嚼した。


「どうかな、王様。お味の方は?」


「毎日、忙しい中でレシピを考えてくれていたアリスには悪いが……」


 王様はそう前置きし――アリシアを見て、微笑む。


「お前が作った料理の中で最高の味だった。美味かったよ、アリシア」


「――ッ~~!!」


 ボフッと顔を真っ赤にしたアリシアは恥ずかしくって仕方がなかったのか、わたしの後ろに隠れ、わたしのお腹に手を回し、わたしの背中にギュッと顔を押し付けた。


「え、このハンバーグは、アリシアが作ったのですか……!?」


 王様の感想とアリシアの反応を見て、アリスは目を丸くしている。


「ああ。そうだろ、ミナリー? 形は少し悪いが、一生懸命に作ってくれたのが伝わってくるハンバーグだ。これを作れるのは、アリシアしか居ない」


「さすが王様。家来のことをよくご存じで。……それに比べて、アリスは」


「…………お姉さま、歪な形で、焦げてるから、粗末な物だって………」


「あ、あああアリシアっ! そ、それはミナリーが作ったと思ったからでして! 決してあなたの料理を酷いと言ったわけではなくですね! そもそもどうしてあなたが料理を!?」


「ぅ……」


 言うのも恥ずかしいのか、アリシアはより強くわたしの背中に顔を押し付ける。


 涙と鼻水で汚れてなきゃ良いけど……。仕方がなく、代わりに言ってあげることにした。


「アリシアは、王様に料理を褒めて欲しかったんだよ。だから、少し手伝ってもらったの」


「それで、アリシアが……。ありがとな、アリシア」


「うぅぅぅぅぅ~~っ」


 わたしの背中が徐々に湿り気を帯びて行く。うわぁ……。


 ま、まあ良いや。それよりも、


「あの、王様。料理当番の件なんですけど、これからもアリシアに手伝ってもらえると嬉しいなぁーって。ほら、わたしもここで働き始めたばかりだし、色々と勝手がわからないことも多いから、アリシアが居てくれると心強いし!」


「……そうだな、わかった。アリス、しばらくは二人で料理当番をさせる方向で頼む」


「え、ええ。かしこまりました」


 ふっ、計画通り!


 これでわたしは、料理のほとんどをアリシアに押し付けて楽ができる。


 そんでもって、給料は五割増しって寸法よぉ。楽して儲けられるって最高っ♪


「……では、ミナリーの昇給も見送りということで」


「まあ、そうなるな」


 …………………………えっ?


 えーっと、空耳……かな?


「い、今、昇給が見送り、って。五割、アップは……?」


「ありません。当然でしょう。普段の業務体系と何ら変わらないのですから」


「そ、そんな……そんなぁっ……!!」


 膝から崩れ落ちたわたしは泣いた。流した涙は、アリシアよりも多かったかもしれない。

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