第12話:村娘、敗北する

「……さて、応接室の掃除を終わらせてしまいましょうか」


「えっ? アリスが手伝ってくれるの?」


 応接室に入ろうとする彼女に、わたしは反射的にそう問いかけた。


「当然でしょう、ミナリー。この部屋には貴重な調度品や絵画が飾られています。アリシアが居なくなった以上、あなた一人にこの部屋を任せるわけにはいきません。私はあなたの手伝いをするのではなく、あなたの行動を監視するのです」


「い、嫌だなぁ、アリスってば。わたしがそんな盗人みたいなことするわけないじゃん。少しはわたしのことを信じてくれても良いでしょー、ね?」


 頬に人差し指を添え、可愛らしく首を傾げて見せたわたしに、アリスが向けたのは胡乱気なジト目だった。


「お金に釣られて我が王を暗殺しようとした者を、どう信じろと……?」


 それを言われると返す言葉がない。


 むぅ。アリシアなら目を盗んで一つか二つくらい、小さめのを頂戴できると思っていたのに。アリスが相手じゃ、さすがに難しそうだ。大人しく仕事しとこう……。


 応接室に入ったアリスは、アリシアが割った壺を前にして、ほっそりとした眉を顰める。


「アリシアが割ったのはこの壺ですか? ……何と言いますか、見事に割ったものですね」


「アリシアって、普段からあんな感じなの?」


「ええ、まあ……。いちおう、何もない日もあるのですが、今日はあなたが来ていつも以上に張り切っているのか、普段よりも失態が多いです」


「あー……どうりで」


 いくらなんでも、今日みたいに立て続けにミスを連発していたら、さすがのアリスの妹でもクビになっているはずだ。


 普段はもう少し、普通に仕事をこなしているのだろう。今日のアリシアの姿からは、とても想像できないけれど。


 しばらくの間、腕組をして口元の拳を当てながら壺を見ていたアリスは、うんと一度頷いてから口を開いた。


「……割れてしまったものは仕方がありません。商人から新しい壺を取り寄せましょう」


「え、それって凄い出費じゃないの? だって、この壺、金貨五百枚だったんでしょ? それと同じくらいの壺を買おうとするなんて……」


 王様がわたしを雇おうとした時でも、お金がないと反対していたアリスだ。


 そんな彼女がほんの少し悩んだだけで、高価な壺を買い直そうとするのは意外だった。


 そんなわたしの疑問にアリスはほんの少し頬を緩ませて答える。


「お金にがめついといえども、品の目利きはできないようですね。この壺は銀貨五十枚にも満たない安物ですよ」


「なっ――!?」


「元々あった高級な壺は、とっくに売り払ってしまいました。当然でしょう? 国家としての体面を保つのも重要ですが、国家そのものが財政破綻してしまっては元も子もありませんでしたから。アリシアには気をつけてくれる期待を込めて、黙って居たのです。あまり効果があったとは言えませんけど」


 アリスは割れた壺を尻目に、微苦笑を零した。


 ……あれ?


 ということは、つまり……、


「も、もしかして、この部屋にある他の物も……?」


「ええ。売れる物はすべて売り、ここにあるのは買い直した安価な物がほとんどです。もちろん、他国から贈られた品や記念品などは残していますけれど。なので、後で忍び込んで盗もうとしても無駄ですよ。目利きに自信があるのであれば、話しは別ですが」


「ぐ、ぐぬぬぅ……!」


 どこか挑発めいたアリスの言葉に、ぐぅの音も出せなかった。


 王都からちょっと近いだけの田舎の貧乏村出身のわたしに、高級品かどうかの目利きなんてできるわけがない。


「わたしの負けだよ、アリス」


「別に勝負をしていたわけではありませんが……」


「敗者は潔く立ち去ることにするよ。じゃあね、アリス」


 立つ鳥跡を濁さず。わたしはアリスに別れを告げて、その場から立ち去ろうとした。


 初めて感じる敗北の悔しさが、わたしの胸を焦がす。


 その一方で、どこかスッキリとした気分がわたしを包み込んでいた。


 完敗した清々しさって言うのかな。不思議だよ、アリス。わたしは今、解放感に満たされている。あなたに負けて、本当に良かった――


「どこに行くつもりですか、ミナリー。まだ、終わっていませんよ」


「アリス……っ!」


 振り返ると、アリスが優しい微笑みを浮かべていた。


 それは勝者の余裕でも、敗者への哀れみでもない。好敵手を……仲間を迎え入れる笑み……!


「ミナリー、あなたにはまだ、やり残したことがあるはずです」


「やり残したこと……?」


「ええ」


 アリスは微笑んだまま、人差し指で応接室の床を指す。




「掃除、終わっていませんよ?」




 ……あっ、はい。


 そうですよね。


 サボろうとしてすいませんでした。

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