第11話:村娘、お金の大切さを説く
アリシアによると、お城にある数十の客間は三日にかけて部屋数を三分割し、それぞれ掃除をしていくらしい。
今日の分の客間の掃除が終わり、わたしたちはタイムテーブルの時間を繰り上げ次の仕事に移った。
続いて応接間の掃除だ。
荘厳な分厚い扉を開き中に入ると、そこは客間よりもまた一回り広い部屋だった。
中央にテーブルを挟んで二対のソファがある。壁際の棚には売れば高そうな調度品や紋章の入った盾や剣などがあり、客間にはなかった金目の物が多くあった。
「うわぁ! 凄いよ、アリシア! これ全部売ったら大金持ちになれそうだよ!」
「こいつ何なのよ。なんであたしより働けるのよ。なんであたしに当たりがキツイのよぉ」
目の錯覚かな。アリシアが全身にどす黒いオーラをまとっていた。
「えっと、アリシア? ど、どうしたの?」
「何でもないわよっ! あんたはソファにでも座って休んでなさい! この部屋の掃除は全部あたしがやるわ!」
「え、でも、それじゃわたしが居る意味が……」
「うるさいうるさいうるさいっ!! 良いからっ! ……………少しは先輩の顔を立てなさよね、もうっ」
何やらブツブツ言いながら、アリシアは本当に一人で掃除を始めてしまった。
不安だなぁ……。まあ、休んでいても良いなら休んでるけど……。
お言葉に甘えて、黒革の高そうなソファに腰を下ろす。ふわぁ……ふかふかだぁ……。
――パリィーンっ。
何かが割れる音が聞こえた気がするぅー。でもソファから動きたくなぁ~い……。
…………なんて、言っている場合じゃないよね、うん。
振り返ると、まあ案の定と言うかお約束と言うか予定調和と言うか、大事そうに飾られていたとても高そうな壺が、真っ二つになって床に転がっていた。
なんかもうここまでくるとギャグだよ、アリシア……。
「高そうな壺だけど、大丈夫なの?」
「ぅ、た、たぶん……だ、大丈夫よ! 壺くらい! 前にお姉さまが金貨五百枚くらいの価値だって言ってたし!」
「それ、大丈夫じゃないと思うけど……」
金貨五百枚と言えば、五万ウェンだ。ライ麦のパンが一万個も買えてしまうほどの、貧しい農民生活じゃ一生働いてやっと稼げそうな大金である。それなのに、
「た、たかが金貨五百枚くらいだもの! それくらいならどうってことないわよっ!」
「たかが……? 金貨五百枚が、たかが……?」
…………………………プツリと、わたしの中で何かが千切れる音がした。
「馬ッッッッッッッッッ鹿じゃないのっ!?」
「うぇっ!? み、ミナリー?」
「なにそれ、意味わかんないよ! 金貨五百枚が『たかが』って本気で言ってるの!?」
「き、急にどうしたのよ……? え、あの、え……?」
「アリシア。この国には、貧しい人がいっぱい居るんだよ。毎日毎日、馬車馬のように働いて、来る日も来る日も必死に汗水を垂らして! それでも、一回の収入が銀貨六枚くらいにしかならない人たちが居るんだよ!」
「そ、それがどうしたって言うのよ……!?」
「わからない? 金貨五百枚ってね、五万ウェンなんだよ。貧しい農民が一生かけてやっと稼げるかどうかで、……ライ麦のパンが、一万個も買えちゃうんだよっ!!」
「――っ!? そ……か。金貨が五百枚あれば、それだけの人の空腹を……! あ、あたし、城の外のこと、あんまり知らなくて……! だから、その、あの、ご、ごめ、ごめん、なさいっ。う、うぅっ、うぇええええええええええええええええええええええんっっっ!!」
「あ、ちょっと、アリシア!?」
瞳から大粒の涙を溢れさせながら、アリシアは応接室を飛び出して行った。
慌てて追いかけるも、アリシアの後姿が廊下の角に消えてしまう。メイド服でよくあれだけ速く走れるなぁと、少し感心してしまった。
「……ちょっと言い過ぎたかな」
「いいえ、そんなことありませんよ、ミナリー」
「アリスっ!? いつの間に?」
振り返ると、廊下にアリスが居た。執務中だったのか銀縁のメガネをかけ、胸元に分厚い資料を抱えている。
何だかとても忙しそうだった。
「何かが割れた音が聞こえて、様子を見に来ました。聞いていましたよ、ミナリー。あなたのおかげで、アリシアは城の中だけでなく城の外の世界を知り、お金の大切さを学んだはずです。これで、そそっかしい所が治ってくれると良いのですが」
アリスは応接間を一瞥し溜息を吐く。わたしは彼女の言葉に同意して頷いた。
「お城に住んでいる人にはわからないかもだけど、パンが一万個もあれば、二十七年間は食糧に困らないの。つまり、二十七年間も働かずに引きこもって居られるってことだよ! それなのに、たかが金貨五百枚なんて! 信じられないよ、まったくもうっ!!」
「…………えっ?」
「えっ?」
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