第10話:村娘、哀れむ

 わたしはアリシア・アリアスという少女を見誤っていたのかもしれない。


 彼女はシュテイン王国が誇るメイド宰相アリス・アリアスの妹だから、アリスほどとは言えなくとも、とても優秀な人物だと勝手に思い込んでいた。


「ひやぁっ!? 花瓶が!」


「いやぁ! 絵画に傷が!」


「のわぁっ! 絨毯に焦げ跡がぁ!」


 アリスのタイムテーブルに従って、お城の客間の掃除を始めたのは良いのだけれど……。


 どうしてだろう。さっきからメイドの仕事よりも、アリシアの物損を片づける作業ばかりが身についている気がする。


 アリスに『アリシアをお願いしますね』と言われ、あの時はテキトーに返事をしたけれど、彼女の言葉の意味が今ならとても理解できた。


 アリスが心配するのも、無理はない。


「えーっと、アリシア?」


「な、なによ……?」


 割れた花瓶の破片を集めながら、アリシアは振り返る。その表情には少しの羞恥があった。


 きっと、わたしに良い所を見せようとしていたのだろう。


 それで張り切り過ぎてミスをしていたら、元も子もないと思う。


「えっとね、ここからはわたし一人で仕事をさせてもらえないかなぁ……なんて。お部屋掃除の手順は覚えたし、アリシアは横で指示をしてくれるだけで良いから」


 その方が仕事も効率的に進められそうだし。


「うーん……。ま、少し早いと思うけど良いかもしれないわね」


「ありがと、アリシア!」


「なんでそんなに嬉しそうなのよ……?」


 アリシアが不思議そうに首を傾げるけれど気にしない。


 やった、これでアリシアの尻拭いから解放される! 


 それにぶっちゃけ、わたし一人で掃除をした方が絶対に早く終わるし。


 タイムテーブルは仕事の遅いアリシアの為に作られたものだ。


 つまり、仕事が早く終われば当然のように空き時間ができるわけで。


 その空き時間が長ければ長いほど、お給料を貰いながら休憩することができるわけで!


 働かずにお金が貰えるって最高!


 というわけで、アリシアには監督役に徹して貰い、わたし一人で部屋の掃除を始める。


 お城の客間は一部屋一部屋がわたしの生家よりずっと広いけれど、だからと言って掃除が大変なほどに広いわけでもない。


 元々、あまり使われていないようで汚れてもいないから、掃除の手間はそれほどかからなかった。


「へ、へぇ……なかなかの手際ね。あんたって意外と要領良いんだー……」


「そんなことないよー」


 アリシアが要領悪すぎるだけだよー……とは思うけど、口にするのはやめておこう。


 言ってしまったらあまりにも可哀想だ。変に凹まれても困るし。


「……それに、実家に居た頃は毎日のように掃除と洗濯と食事の用意をしてたから。さすがにこんな広い部屋を幾つも掃除したことはないけど、慣れちゃってるのかも」


「農民って大変なのね」


「まあねー」


 王城に暮らしているアリシアには、あまり馴染みのない生活だろう。


 来る日も来る日も馬車馬のように働かされる毎日。それでも、わたしの手元には一銭も入らない。


 ホント、地獄のような日々だ。もう二度と、あんな場所に戻りたくない。


「そ、それはそうと……ね、ねぇ、ミナリー? なにかわからないこととかある?」


 アリシアに尋ねられ、わたしは首を横に振る。


「ん? 別にないけど」


 お城の客間はほとんど同じ作りをしている。


 だから仕事の手順は変わらないし、アリシアの見様見真似で作業をしていけば何の問題もなかった。


「そ、そう…………。…………………………。ねぇ、ミナリー。何か困ったこととか……」


「ないよ」


「そ、そうよね! ………………………………………ねえ、ミナリー、何かあったら――」


「大丈夫だから静かにしてて、アリシア。気が散るから」


「ご、ごめんなさいっ!」


 数部屋の掃除を終えもうすっかり仕事にも慣れたわたしは、アリシアを頼ることもほとんどなくなった。


 それが寂しいのか何なのか、アリシアがさっきからしきりに構おうとしてくる。


 正直、邪魔でしかないし、ウザいことこの上ない。


「ねえ、ミナ――」


「アリシア、待て、ハウス」


「わんっ……じゃなくて! 誰が犬よ!?」


「仕事の邪魔だから静かにしててよ、アリシア。ご飯抜きにするよ?」


「あたしはあんたのペットかっ! あんたはあたしをなんだと思ってるのよっ!?」






「え、姉に才能を搾り取られた残りカスでしょ?」






「………………………………………………………………………………………………………」

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