第41話:王様、祝われる

 過ぎてみれば早いもので、仕事に忙殺されている内に豊穣祭当日となっていた。


 今日も朝から報告書に目を通していると、窓の外から楽しげな笑い声や喧騒が聞こえてくる。


 報告書から目を離し、窓辺に近寄って外を見れば、城の正門辺りは大勢の人で溢れかえっていた。


 城にこんな大勢の人が押し寄せるのは、王権争い最中の暴動以来だろう。


 今回はそれとまったく異なる人だかりだ。


 皆が楽しそうに笑い、愉快に盛り上がって、今か今かと祭りの始まりを待ち望んでいるようだ。


 ……時間だな。


 時計を確認した直後、部屋の扉がノックされる。


 扉の向こうから聞こえてきたのは、ミナリーの声だった。


「王様ぁー、アリスがそろそろ準備してってさぁー」


 相変わらず敬いの「う」の字も感じさせないような、ミナリーの言葉遣いに苦笑する。


 それからマントをまとい、王冠を頭に乗せて部屋を出る。


 すると、出た所で待っていたミナリーと目があった。


 彼女は瞳を大きく開いて、俺の姿をマジマジと見つめている。


「ん? どうしたんだ、ミナリー?」


「その王冠とマント、まるで王様みたいだなぁーって」


「王様だからな、俺」


 今さら何を言っているんだと思ったが……そう言えば、ミナリーの前でこの格好をするのは初めてだったか。


 なら仕方がない…………わけがないが、気にするのはやめておく。


「似合ってるか?」


「ううん、ぜんぜん」


 朗らかな笑顔で首を横に振られ、少しおどけて訊ねてみたのを後悔した。


 廊下を歩き、城の正面に作られたメインステージの裏側まで移動する。


 ミナリーは俺の隣に並んで付いて来た。


 誰かと並んで歩くのはほんの少し新鮮な気分だ。


「ミナリー、出店の準備はもう済んだのか? 確か、お菓子を売るんだろ?」


「うん。近衛兵の女の子たちが、今頑張って作ってるんじゃないかな。この一週間でみっちりと作り方を叩き込んでおいたから、味は大丈夫だと思うよ」


「自分では作らないんだな」


「うん、面倒くさいし」


 あっけらかんと言い放つミナリー。


 仕事を他人に押し付ける手際の良さに、呆れつつも感心しそうになる。


 ミナリーらしいと言うべきか。


 俺よりも人を使うのが上手そうだ。


「…………それに、わたしは別の物を売らなくちゃいけないからねぇ。くけけけけっ」


「ん? 何か言ったか?」


「あ、ううんっ! 何でもないよ?」


「なら良いんだが……」


 まあ、どうせまたこの祭りに乗じて良からぬことを考えているのだろう。


 ミナリーのことだから分別はあると思うが、いちおう、後でアリスに注意を払うよう伝えておくか……。


 エントランスから城の外へ出ると、そこは直接メインステージの裏側に繋がっていた。


 板を挟んだ向こう側からアリスの声が漏れ聞こえてくる。


 どうやら祭りに際する注意事項を集まった市民たちに伝えているようだ。


 その様子をステージ脇から見ていたのだろう、アリシアが俺に気づいてこちらに駆け寄って来た。


「しゅ、シュードしゃまっ! そ、そろそろ、で、出番なのでおおお願ががいしまむっ!!」


「お、おう。緊張し過ぎじゃないか、アリシア?」


「そ、そんなことななない――ひゃぅっ!?」


 目をぐるぐると回して慌てふためいていたアリシアに、ミナリーが無言で肘鉄を食らわせた。


 それから二人連れ立って、俺から離れてこそこそと話しを始める。


 何だったんだ?

 首を傾げながら、ステージ脇に移動する。


 ……と、ステージの上に立つアリスと目が合った。


 互いに頷き合い、俺はステージへと歩みを進める。


「では、これよりシュード・シュテイン国王陛下より、祭りの開催宣言を賜ります」


 ステージへと上がり、祭りに詰めかけた国民の多さに圧倒された。


 王城の正門付近を埋め尽くすほど、人の顔が並んでいる。


 集まった国民を高い位置から見下ろすことはあっても、これだけ多くの国民を、こんなにも近くで感じるのは初めての経験だ。


 王として、緊張を表に出すわけにはいかない。


 ステージの中央に立ち、あらかじめ頭の中に用意していた宣言を口にしようとした――




 その時だった。





 唐突に鳴り響くファンファーレ。


 続いたのは、集まった市民たちからの歓声だった。


 口々に祝福の言葉を述べてくれる国民たちに、頭の中にあった祭りの開催宣言は消し飛んでしまう。


 城壁から垂れ下がり『豊穣祭』と書かれていた垂れ幕は、いつしか『誕生祭』の垂れ幕に入れ替わっていた。


 どうして良いかわからず、立ち尽くしながら視線をアリスたちに向ける。


 アリスは優しい笑みを浮かべながら拍手をし、アリシアは大粒の涙を流して泣きじゃくっている。


 ミナリーも拍手をしてくれていて、いちおうは俺を祝ってくれているようだ。


 ……これを考えたのは、アリシアだろうか。


 アリスもミナリーも、近衛兵を始めとする城の者たちや、国民のみんながこの日のために尽力してくれたに違いない。


「――ありがとう、みんな」


 だからまあ……誕生日が一週間前に過ぎていることは、俺だけの秘密にしておこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る