第40話:村娘、企む

 王城主催の誕生祭まで残り一週間となっていた。


 会場となる王城の正門付近ではメインステージの設営や屋台の土台作りなど、アリスや近衛兵さんたちの指示のもと準備が着々と進んでいる。


 王城はいつになく喧騒に包まれていた。


 廊下の窓からわたしがその様子を眺めていると、ちょうどそこに王様が通りかかった。


 王様はわたしの隣に並んで、準備の様子を眺める。


「準備の方はどうだ? アリスに任せてあるから、問題はないと思うが」


「うん。順調そのものみたいだよ。王様の方は? アリスの分の仕事があるんでしょ?」


「まあ、ギリギリ何とかこなしてる。今は休憩中だ」


 王様は少し疲れた表情で肩をすくめてみせた。アリスが倒れて以来、王様はアリスの仕事をできるだけ減らそうと頑張るようになった。


 アリスの仕事量が王様よりも圧倒的に多い現状は変わってないけど、アリスが多忙を極めている印象は少し和らいだ感じだ。


 その分、王様が疲れている姿をよく見るようになったから、今度は王様が倒れそうな気がする。


 その多忙な王様は、視線を窓の外へと向けていた。


「こんなに騒がしいのは初めてだ。アリスが『豊穣を祝う祭り』をするって言いだした時はどうなるかと思ったが、存外こういうのも悪くないかもしれないな」


「王様、こういうの苦手かと思ってたよ」


「そうか? まあ、超が付くほど好きってわけでもないが。……それに、今まで長い間政治不安が続いていたからな。民の息抜きになるイベントを作ってやれなかった。この豊穣祭で、国民が楽しんでくれたら良いが」


 そう言って、王様は祭りの準備のために働く人たちを見る。


 そこには近衛兵だけじゃなく、王都から集まった大工さんや商人の姿もあった。


 お祭りに関わっている人のほとんどが一般の国民。このお祭りは、王都に住む人たちの手で準備が進められている。


 王様はお祭りが『豊穣祭』だと信じ込んでいるみたいだ。


 お祭りが豊穣を祝うものだと信じ込ませ、本番で国民全員がお祝いするサプライズ。


 思いついたのはアリシアだった。


「そう言えば、ミナリーは何か店を出すのか?」


「ふぇ?」


 唐突に訊ねられ、思わず間の抜けた返事をしてしまった。


 王様は苦笑を浮かべて言葉を続ける。


「いや、ミナリーならこの機会に一儲けしようとすると思ってな。当たりか?」


「うん。まあ、そのつもりだけど」


 わたしの答えを聞くと、王様は苦笑を微笑に変えた。


 読みが当たったのを面白がっているみたいだ。


 アリスやアリシアにこんな表情を向けている所は見たことがない。


 むぅー。


 王様に思考を読まれるなんて、まるでわたしが底の浅い女みたいで癪だなぁ。


「何の店を出すんだ?」


「…………………………」


「ミナリー?」


「えっ? あ、お菓子だよ。手軽に食べられる感じの。マカロンとか、揚げパンみたいな」


「へぇー、美味そうだな。俺も食べに行って良いか?」


「わたしは別に構わないけど、アリスに怒られるんじゃないの?」


「少しくらい大丈夫だ。せっかくの祭りなんだから、見て回らないと勿体ないじゃないか」


「そりゃ、そうだけどさぁ」


 別にわざわざ出店で買わなくたって、お金さえくれたら今からでも作るけど……まあ、王様がお祭りを見て回りたいのならそれで良いのかな?


 なんて考えている内に、王様は窓から離れてわたしの方に向き直った。


「そろそろ、俺は戻るよ。仕事もまだまだ残ってるし、いつまでも油を売ってるわけにいかないからな。昼飯はいつものように軽めの物を頼む」


「あ、うん。かしこまりー」


 テキトーに手を振って、去って行く王様の背中を見送る。


 ここのところ、王様の昼食は仕事中にも片手で食べられるサンドイッチだ。


 簡単に作れるからわたしも楽ができるし、いっそ三食サンドイッチでも良いんじゃないかなと思う。


 とりあえず、思考を読まれた腹いせにマスタードをたっぷり塗りたくったサンドイッチを一切れ混ぜておこう。


 ついでにアリシアのサンドイッチにも混ぜておこう。


「それにしても……」


 王様もあんな顔するんだなぁーと、わたしの思考を読んで面白がっていた表情を思い出す。


 アリスやアリシアと接する時は、なんか気難しい顔をしていることが多い。


 王様らしさを出そうとしてるのかな?


 でも、わたしにはそういうことあんまりない気がする。


 どこか自然体というか、気兼ねなく接してくるというか。うーん、どうしてだろう?


 ……まあ、とにかく。


 王様がわたしのことを解ったつもりでいるなら、まだまだだなぁと言ったところかな。


 わたしの真の計画までは読むことができなかったみたいだし。


 ――このわたしがたかがお菓子を売るだけの薄利な商売をするはずないのに。


「くけけっ、お祭りが楽しみだなぁー。くけっ! くけけけけけけけっ!!」


 わたしは込み上げる笑いを必死にこらえながら、厨房へ向かって歩き出したのだった。

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