第39話:村娘、提案する

 そろそろ冬が近づいている。


 寒空の下で洗濯を終えたわたしは、冷え切った指先を温めるために厨房へ向かっていた。


 洗濯に使う水が本当に冷たい。


 洗濯が終わる頃には、指先の感覚がほとんどなくなっていたほどだ。


 温かいお湯に浸けるか、ホットミルクを飲むかして温まろう……。


 そう思いながら早足で厨房に入ると、厨房にはアリスとアリシアの姿があった。


 もしかして二人で料理を作ってるんじゃないかと肝まで冷えたけど、よくよく見るとそんな感じじゃなさそうだ。


「あ、ミナリー。ちょうど良かったわ!」


「洗濯ご苦労でした、ミナリー。あなたもこの話し合いに参加してくれませんか?」


「話し合い? 何の?」


「二週間後の生誕祝いについて、です」


「生誕祝い? わたしの?」


「違うわよっ!」


 アリシアに即否定された。そりゃまあ、わたしの誕生日半年くらい前に過ぎたけど。


 じゃあ誰の生誕祝いだろう?


 首を傾げるわたしに、アリシアは胡乱気な瞳を向ける。


「あんたまさか、シュード様の誕生日を知らないって言うんじゃないわよね?」


「うん、知らない」


「…………そう言うと思ったわよ」


 アリシアは額に手を当てて溜息を吐いた。こういう仕草はアリスに似ている気がする。


 そのアリスはと言えば、澄ました表情で湯気が漂う紅茶を飲んでいた。


 あ、ズルいっ!


 わたしも一刻も早く温まるべく、鍋にミルクを注いで温め始める。


「それで、王様の生誕祝いで何かするの? やっぱり、他の国のお偉いさんを集めて誕生パーティーとか? 料理を作ったり給仕をしたりすごく面倒くさそうだけど」


「面倒くさいってあんたねぇ……」


「その点に関して心配は及びませんよ、ミナリー。誕生パーティーを開くには、今から招待状を出していては遅すぎます。せめて一か月あれば別でしたが」


「じゃあ、パーティーはしないんだねっ!」


「なんで嬉しそうなのよ。まあ、誕生パーティーを開かないのはいつものことだけど」


「えっ? どうして?」


「我が王がパーティーを開かせてくれないのです。財政難を理由に、パーティーはお金がかかりすぎると。数年前ならばともかく、今は少しくらいなら余裕もあるのですが……」


「へぇー」


 わたしなら他の国のお偉いさんに、盛大に祝ってもらいたいと思うけど。


 そこはまあ、王様らしいと思わなくもなかった。


 何となくだけど、祝われるのとか苦手そうだし。


「……とは言え、何もしないわけにもいかないのです。例年は城に居る者でささやかな宴をしていましたが、それも少し食傷気味でして。去年までは近衛兵たちに一発芸をさせていましたけど、もう一発芸はやりたくないと近衛隊長から懇願されてしまいました」


「だから別のことを考えてる最中なのよ。でも、なかなか思いつかないのよねぇ」


「ふぅーん……」


 どうやら二人は、王様の誕生日会でする出し物を考えているみたいだった。


 鍋の中のミルクにハチミツを入れお玉で混ぜながら、わたしもちょっと考えてみる。


 王様の誕生日。


 このワードだけ聞くと、どことなくお金の匂いが漂って来る。


 でも、現状だとお金が関わってくる要素がないし、当然だけど誕生日のプレゼントを受け取るのは王様なわけだし。


 わたしはきっと料理を作らされるだけで面白くない。


 あと面倒くさい。


 だからもっと、こう……お金の動く感じのイベントに軌道を修正させないと。


 『王様の誕生日』というイベントを、このまま王様らしく地味な感じに終わらせるのはもったいない。


 でも、どうすれば良いだろう……? 


 考えている内に鍋が煮立った。


 マグカップを用意してホットミルクを注ぎ入れる。


「あ、ミナリー! あたしにも!」


「はぁーい、一杯銀貨十枚だよー」


「高いわっ! どんなぼったくり屋台よっ!!」


 アリシアのツッコミを聞き流して、もう一つマグカップを用意しようとした手が止まる。


「……アリシア、今なんて言った?」


「えっ? えーっと、高いわっ!」


「その後だよ、後」


「え、えっ? えーっと、ぼったくり屋台?」


「それだよっ!」


 思いついてみれば簡単なことだった。


 『王様の誕生日』をお金が動くイベントに昇華させ、わたしにもお金が入って来るような仕組み作り。


 その両方ができて、尚且つ今から間に合う。


 そして、王様の誕生日を祝える。


 それも、とっても大規模に。


「そんな方法があるのですか……?」


 半信半疑の視線をわたしに向けるアリスとアリシア。


 そんな二人に、わたしは提案する。


「お祭りだよっ! 王様の誕生会じゃなくて、王様の誕生祭をしちゃえば良いんだよっ!!」

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