第33話:村娘、添い寝する
王様とアリスが隣国の王族の結婚式に出席するためお城を留守にしていたその日。
夕方から急激に雲が広がり、崩れ始めた天気は、夜が深まるごとに雨脚と雷鳴を強めていた。
窓に叩きつける豪雨の音と雷の轟が五月蝿くて、眠ろうにもなかなか寝付けない。
何だか、こういう天気の日って不思議とわくわくしちゃうんだよね。
いつもとは違う非日常を楽しめると言うか。
窓の外でも見に行こうかな? なんて思い立ってベッドから降りたタイミングだった。
コンコンと、部屋の扉が控えめにノックされる。
誰だろう、こんな時間に。お城の見回りをしている近衛兵の人たちだろうか。わざわざ、わたしの部屋に訪ねて来られる心当たりはないけれど、いったい何の用かなぁ。
しばらく様子を見ていると、コンコンコンコンと執拗にノックが繰り返された。どこか焦っているような、必死さが感じられる。
近衛兵の人たちじゃなさそうな感じだ。
「はいはい、ちょっと待ってねー」
いちおう用心しつつ、チェーンを付けてから扉を少し開く。
扉の向こう。
そこに居たのは寝間着姿で枕を抱えた女の子。
「あれっ? どうしたの、アリシア?」
薄緑のネグリジェを着たアリシアは、枕を胸元にギュッと抱えて立ち尽くしていた。
チェーンを外して彼女を部屋の中に招き入れると、ランプの灯りに照らされてアリシアの顔が赤く染まっていることに気づく。
彼女はモジモジとしながら、言葉を紡いだ。
「あ、あのね、ミナリー! その、えーっと、あのぉ……」
「どうしたの、アリシア? お漏らしでもしちゃった?」
「違うわよっ! そうじゃ、なくて……。あ、あたし! 実はその、えっと……」
そうアリシアが言いよどんだ直後のことだった。
――ゴォロゴロゴロゴロゴロガッシャァアアアアアアアアアアアアアンッッッ!!!!!!
お城全体を揺るがすほどの雷鳴が轟く。
「今のけっこう近くに落ちたね。ところで、アリシアはどうしてわたしに抱き着いてるの?」
「ひぅっ!? こ、こここれには深い意味があって!」
「もしかして、雷が怖いとか?」
「は、はぁっ!? こ、怖くないわよ!? 怖いわけないじゃない、雷なんてっ! そんなの」
――ゴォロゴロゴロゴロゴロガッシャァアアアアアアアアアアアアアンッッッ!!!!!!
「怖いわよぉおおおおおおおおっ!! 怖くて一人じゃ眠れないのぉおおおおおおおおっ!!!!」
「わ、わかったから! わかったから泣かないでよ、アリシアっ!」
わたしの下腹部に顔を押し付けて涙を流すアリシアを強引に引き剥がす。
危うくアリシアの涙でわたしの寝間着にお漏らししたかのようなシミを作られる所だった。
「……それで、雷が怖いアリシアちゃんはどうちてわたちの部屋に来たんでちゅか?」
「何なのよ、その言葉遣いっ! 子ども扱いするなぁっ!」
「だって十六にもなって雷が怖くて眠れないとか……ねぇ?」
「うぅっ……! し、仕方がないじゃない! 怖いものは怖いんだもんっ……!」
涙目になって訴えかけてくるアリシア。
その開き直りも子供っぽい。
彼女は顔を真っ赤にして、消え入りそうな声で、言葉を口にする。
「その……よかったら、一緒に…………ね、寝てもらえたら……って、思ってっ……!」
「え、なに、聞こえないよ。『雷が怖いから一緒に寝てください、お願いしますミナリー様』って聞こえなかったよ」
「聞こえてるじゃないのっ! う、うぅっ…………。か、雷が怖い、から! 一緒に……寝てください! お、お願いします、ミナリー様ぁっ!!」
「え、嫌だけど」
「悪魔かあんたはぁあああああああああああああああああああああああああああっっっ!?」
「ふぇ、ちょっと、きゃぁっ!?」
叫びながら飛びかかって来たアリシアに、わたしはベッドへと押し倒されてしまった。
反射的に瞑ってしまった瞼を開くと、すぐ近くにアリシアの顔がある。
涙に潤んだ大きな瞳。
赤く染まった頬のきめ細かな肌。
スッと通った鼻の下、桜色の唇は乾燥を知らないように潤いと瑞々しさを持っている。
互いの吐息が感じられるほど、わたしたちの顔は急接近していた。
その体勢のまま、お互いに硬直してしまう。
そして、先に動いたのはアリシアだった。
顔を更に真っ赤にした彼女は、慌てた様子でわたしの上から飛び退く。
「そ、その! わ、わざとじゃないんだからね!? ぐ、偶然よ、偶然! べ、別に押し倒そうとかそんな気持ちは一切なくて!」
「……もうっ、アリシアったら大胆なんだからっ///」
「偶然だって言ってるでしょーがぁ!?」
冗談で茶化すとムキになって否定してくるアリシア。
もちろんそれはわかっているけど、ここまで焦って否定する様子をみると、何だか冗談っぽくない気が……。
ともあれ、わたしはなし崩し的にアリシアと一緒のベッドで眠ることになった。
一時間で銀貨十枚くらいアリシアに要求したかったけど、一回くらいはまあ、無料にしておこう。
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