第32話:メイド、楽しむ
国王命令で有休を取らされていました。
記憶を失っている内に何があったのでしょうか。
翌日の朝。
王城のエントランスには私たち姉妹と、見送りに来てくださった我が王、そしてミナリーの姿がありました。
我が王とミナリーを二人きりにするのは不安で仕方がありませんが、勅令である以上、どうしようもありません。
私にできるのはせいぜい、何度も口酸っぱくミナリーに言いつけることだけです。
「良いですか、ミナリー。私たちが留守の間、決してサボることなく働くのですよ?」
「わ、わかってるよ、もうっ! 少しはわたしを信頼してくれても良いんじゃないの!?」
「あなたのどこに信頼できる要素があると言うのですか」
「それは! ……えーっと、ほら、このキラキラ輝く純真無垢な瞳とか?」
「どこが純真無垢ですか。鏡を見てから言いなさい」
金欲に薄汚れた瞳が、もしかしたら彼女には純真無垢な瞳に見えるかもしれませんが。
「悪かったな、アリス。こんな強引な方法しか取れなくて」
「い、いえ。これも私たち姉妹を慮ってのこととわかっております。我が王のお心遣いに感謝しかありません」
「そう言ってくれると助かる。本当に久しぶりの姉妹水入らずなんだ。楽しんで来い」
「はいっ、存分に。行って参ります、我が王」
挨拶を済ませ、私とアリシアは二人揃って城を出ました。
そして、城門を出た辺り。
立ち止まって、先ほどからずっと黙り込んでいるアリシアの方に振り向きます。
「気が進みませんか、アリシア?」
「ふぇっ!? そ、そんなことっ!」
私の問いに顔を上げたアリシアは、首をぶんぶんと横に振り否定の意を表そうとします。
不思議なもので、こうして二人きりになってみると、アリシアの表情を見るだけで妹が何を考えているのかわかってしまうのです。
「アリシア。せっかくシュード様がお暇をくださったのですから、それを楽しまなければ失礼と言うものですよ」
「それは、そうかもしれないけど……」
「それとも、私とのお出かけは嫌でしたか?」
ほんの少し悪戯心が働いて、ちょっぴり意地悪な質問をしてしまいました。
アリシアは怒ったように顔を赤くします。
「そ、そんなこと言ってないでしょっ!」
「では、せっかくの休日を楽しみましょう。ほら、アリシア。手を」
「うぅっ、お姉さまのいじわる……」
私の差し伸べた手を、アリシアは恐る恐るといった感じで掴みます。
赤くなった頬。
緊張しているのか、瞳は落ち着きなく揺れています。
その愛らしさにこのまま抱きしめてしまいたくなりましたが、彼女の手をギュッと握るだけに何とか我慢しました。
「行きましょう、アリシアっ」
「あ、ちょっと、お姉さま!?」
アリシアの手を引っ張って歩き出します。
こうして手を繋ぎながら歩くのは、いったいいつ以来のことでしょうか。
何だか、昔に戻った気分です。
「もうっ、お姉さまったらはしゃぎ過ぎなんだからっ!」
「良いではありませんか、今日くらい。心置きなくお姉ちゃんに甘えて良いのですよ?」
「あ、甘えないわよっ!」
アリシアにぷいっとソッポを向かれてしまいました。
本当に、素直ではないのですから。
行く当てもなく自由に歩く城下の街並みは、公務や視察で訪れる際に見るものとまるで違って見えました。
道行く人々には笑みがあり、道の両側に軒を連ねる商店には活気が溢れています。
町娘を装った服装のおかげか、私たちに気づく市民は居ないようです。
けれど少なからず視線を集めているのは、きっとアリシアが可愛らしいからでしょう。
休憩がてら、公園のベンチに二人で腰を下ろした時のことです。
「……あのね、お姉さま。あたし、ずっとお姉さまに謝りたかったの」
そう切り出した彼女は口元を真一文字に結び申し訳なさそうに目を伏せています。
「その……、昨日の、こと。本当に、ごめんなさ――」
「えいっ」
「ひゃぁっ!? お、お姉さまっ!?」
アリシアが言い終わるよりも先に、私は彼女の頭をギュッと抱きしめてしまいました。
「ちょ、ちょっと! お姉さま、何を……っ!?」
「アリシアは、私のことが大嫌いですか?」
「――っ」
彼女が息を呑んだのが、ハッキリと伝わってきました。
それからやがて、彼女の体からゆっくりと力みが抜けていきます。
まるで、私に全てを委ねているように。
「……お姉さまのバカ。嫌いなわけ、ないじゃない」
「それだけ聞ければ充分です。私も大好きですよ、アリシア」
その後、私たちは日が暮れるまで、互いの温かさを感じ続けていたのでした。
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