第31話:王様、命令する

 泣き疲れ眠ってしまったアリスを彼女の私室に運んだ後、俺とミナリーは再び厨房に戻って状況を整理していた。


 と言っても、整理が必要なほど複雑でもないのだが。


「えーっと、つまりはアリスとアリシアが喧嘩をして『お姉ちゃんなんて大っ嫌い!』って言われたアリスがショックを受けてやけ酒に走った……ってことだよね。くけけっ、完璧超人なアリスにこんな弱点があるなんて知らなかったよぅ」


 下卑た表情を見せるミナリーに呆れて言葉も出てこない。


 ……俺も、アリスがアリシアのことを大切に想っているのは知っていたが。


 ここまで溺愛していたとは少し意外だった。


「それで、王様。これからどうする?」


「どうするの何も、アリシアを探すしかないだろう」


 大方、アリスと喧嘩して拗ねてしまったのだろう。


「うえー、面倒だなぁ。おーい、貧乳ポンコツやぁーい!」


「ここで呼びかけても出てくるわけが――」


 そう言いかけた時だった。


 ぎぎぎぎぎぃと、何かの擦れる音が厨房の中に響き渡る。その音がした方に視線を向けると、地下の食糧庫と厨房を隔てる床板が下からゆっくり開かれようとしていた。


 そこから顔を出したのは、目元を赤く腫れぼったくした黒髪の少女。


「誰が、貧乳ポンコツよ……っ」


「あれっ? アリシア、そんな所に居たの?」


 食糧庫から顔を覗かせたアリシアは、居心地が悪そうに目を伏せて頷いた。


「ずっと食糧庫に隠れていたのか?」


 そう問いかけると、アリシアは頬を赤くして、それを隠すように顔を俯かせる。


「その……隠れたかったわけじゃ、なくて。……落ち着かなかったから、何か食べようとして、そしたら、お姉さまが来たから」


「咄嗟に食糧庫に隠れた、と」


「もしかして、アリシアもやけ食いしようとしてた?」


 ミナリーが問うと、アリシアは何故か俺を一瞥した後、耳の先まで顔を真っ赤にし、再び食糧庫に隠れてしまう。


 床板の向こうから、くぐもった声が聞こえてきた。


「うっ、だ、だって! ……だって、むしゃくしゃしてたんだもん…………」


 アリシアの返事に、俺とミナリーは顔を見合わせ、思わず噴き出しそうになった。


 さすが姉妹と言うべきか。喧嘩の後に考えることも似たり寄ったりだったらしい。


「アリスと何があったんだ? 良かったら、教えてくれないか?」


 床板のすぐ向こうに居るだろうアリシアに、優しく問いかける。


 彼女にも、さっきのアリスの声は聞こえていたはずだ。反抗的な態度は、取りようがないだろう。


 アリシアはポツポツと話し始めた。


 姉に負担をかけてばかりの自分に悩んでいたこと。独り立ちをして姉を安心させたい反面、姉に構って貰えないのが寂しいと感じていたこと。


 そんな折にミナリーへと相談し、もう姉には頼らないと決めたこと。


 その決心の直後に、いきなり姉を心配させてしまい、そんな自分が嫌になって、自分に対する怒りだったはずなのに、それをあろうことか姉に向けてしまったこと。


「それが喧嘩の原因か……」


 結局は、些細なすれ違いだったのだ。


 アリシアも、アリスも、どっちが悪いわけでもない。どちらもお互いのことを大切に想って、その想いがほんの少しだけ行違ってしまった。


 ただ、それだけのことで。


 ……だから、誰が悪いかと考えるならば。それは……。


「それはアリシアが間違ってるよ!」


 ミナリーの指摘に、床板の向こうからゴンッと音がした。


 それからすぐに、額を押さえながら、アリシアが床板の隙間から顔を覗かせる。ミナリーは捲し立てるように続けた。


「確かにわたしは『手がかからない方が良い』って言ったけど! それは手をかけさせられる側の一般論であって、手をかけさせる側が気にするようなことじゃないんだよっ!!」


「そ、そうなの……?」


「だって、何でも手伝ってもらえた方が楽に決まってるじゃん! だったら頼らなきゃ損だよっ!! 勿体ないよ! というかアリシアだけアリスに贔屓されてズルいっ!!」


「ず、ズルいって言われても……」


 アリシアは困った表情を俺に向ける。いや、向けられても困るんだが。


 ……でもまあ、ミナリーの言ったことも少しは的を射ているように感じられた。


「あー……ようは、もう少しアリスに甘えても良いんじゃないか?」


「えっ!? あ、甘えるって……」


「アリスに構って貰えなくて、寂しかったんだろ? 好きなだけ構ってもらえば良い」


「う、ぇ、で、でもっ! お姉さま、仕事が忙しくてそれどころじゃ……」


 ……やはり、どうしても気後れしてしまうのだろう。


 その気後れが、今回のすれ違いの要因になってしまった。そして、その責任は俺にある。


 誰が悪いと考えるならば、それはアリスに朝から晩まで働かせている俺自身だ。俺の無力さが、アリシアとアリスの間にすれ違いを生んでしまったのだ。


 ……だから、


「アリシア。明日一日、アリスと好きに過ごして来い。これは、――国王命令だ」


 俺は王になって初めて、アリシアとアリスの二人に勅令を下すことにした。

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