第30話:王様、探す

 報告書の確認にひと段落がついて、休憩がてら城の中を歩いている時だった。


「おーい、アリシアやーい。貧乳やーい。どこに居るのー?」


 前方から歩いて来たのは、アリシアを探しているらしきミナリー。


 探すにしても、他に呼びかけ方があるだろうと思ったが……まあ、触れないでおこう。


「アリシアが見当たらないのか?」


「あ、王様。うん、さっき届いた壺を運んで行ったきり帰って来ないんだよね」


「壺? ああ、応接室に飾る壺を注文してたんだったな。応接室には行ったのか?」


「行ったけど居なかったの。まったくもうっ、一人だけサボるなんて許されないことだよ!」


「いや、何人でサボろうが許されないことだが」


 ……少し、心配だな。アリシアは今まで一度だって仕事をサボることなく、真面目に働いてくれていた。


 そんな彼女が姿をくらましたとなると、単にサボっているとは考え辛い。


「……わかった。俺もアリシアを探すよ。何かあったかもしれないからな」


「じゃあ、手分けして――」


「とか言って俺一人に押し付けるつもりだろ」


「……うぐっ。ソ、ソンナコトナイヨー?」


「一緒に探すぞ」


「……はぁーい。ちぇー、せっかくサボれると思ったのになぁー」


 ぶつくさと文句を垂れるミナリーを連れ、アリシアの捜索を始める。


 念のために応接室から見て回ったが、運び込まれた壺があるだけでアリシアの姿はなかった。


 彼女の私室や仕事中に立ち入る場所を順に探すも、その姿はいっこうに見つからない。


「あと、お城の中で探してないのって厨房くらいかな?」


 だが、厨房にもアリシアの姿は見当たらない。


 その代り、厨房に居たのはアリスだった。


「こんな所で何してるんだろう?」


 俺とミナリーは顔を見合わせ、互いに首を傾げる。


 何故か厨房に居るアリスは、椅子に座ってぐったりと作業台に突っ伏していた。普段の凛とした彼女からは想像もできないほど、無防備な姿だ。こっちもこっちで、何かあったのか……?


「おーい、アリス。もしかしてサボってるのー?」


 ミナリーがアリスに近寄って声をかけた。


 その声に反応してか、アリスの肩がピクリと動く。


 やがて顔を上げた彼女を見て、俺とミナリーは硬直した。


「ふぇ? ふぁ~、みなりぃとしゅぅどさまぁ。わたちににゃにかようれふかぁ~?」


 焦点の合わない、涙の滲んだ瞳。


 頬は赤く染まり、口元はだらしなく緩んだ笑みを浮かべている。


 そしてぽわぽわと、何だか楽しそうに、アリスは体を左右に揺らしていた。


「あ、アリス……?」


「もしかして……いや、もしかしなくても、酔ってるのか……?」


「ふぇ~? なにをいってふのれすかぁ? よってるわけないじゃないれふかぁ~。しごとちゅぅにおさけをのむなんてありえにゃせん~」


「いやいやいや! 絶対酔ってるだろ!」


 慌ててアリスの後ろに回り込むと案の定、床には無数の酒瓶が転がっていた。


 数本しか空にしていないようだが……、それでも酔うのに十分なことは変わりない。


「うぇへぇ~。おふちゃりもどうれふかぁ~? おいひいじゅーすをみつけたのれふぅ」


 アリスはそう言うと、胸元に抱え込んでいたらしき白ワインを作業台の上にあったグラスに注ぎ始める。


 手元がおぼつかないのか、少なくない量のワインが零れてしまっていた。


「酔ったら仕事サボれるかな……? ……王様、ジュースなら問題ないよね?」


「あるに決まってるだろうが。お前まで飲もうとするな」


 ここでミナリーにまで酔われたら、いよいよ収集がつかなくなる。


 アリシアだって探さなくてはならないのだ。


 ……一先ず、アリスをどうにかする必要があるな。


「なあ、アリス。何かあったのか? こんな昼前から酒を飲むなんてお前らしくもない」


「おしゃけぇ? なにをいっれるのれふか? これはじゅぅしゅれふぅ~! ヒックっ!」


「いや、どう見ても酒……あー、ジュースでも何でもいい。こんな時間から飲んで、いったい何があったんだ? 意味もなく飲んでたわけじゃないだろ」


「えぇ~っとぉ~。それはれふねぇ~……」


 アリスは何かを言いかけ……急に黙り込む。


 次の瞬間には小刻みに肩を上下させ始めた。


「う、うぅっ、うぅぅぅぅっ! びぇえええええええええええええええええんッ!! アリシアがぁっ! アリシアがぁあああああああああああああああああああああああああっ!!」


「ひゃぁっ!?」


 突如として号泣しだしたアリスは、傍に居たミナリーへすがるように抱き着いた。


 彼女が酔っぱらっているのもそうだが、ここまで取り乱すなんてただ事じゃない。


「アリシアに何かあったのか!?」


「うっ、うぅっ、アリシアが……アリシアがお姉さまなんて大嫌いってぇええええ! お姉ちゃんはアリシアのことが大好きなのにぃいいいいい!! ふぇええええええええんっ!!!!」


「「…………はい?」」


 アリスの嘆きの叫びに、俺とミナリーは揃って間の抜けた声を出してしまったのだった。

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