第48話:村娘、ねだる
長々と話し続けているわけにもいかないからと夜のお茶会は早々に打ち切ったものの、わたしたち三人は場所をお風呂に移して他愛のない会話を続けていた。
「へぇー、二人のお父さんとお母さんって恋愛結婚なんだ。ちょっと珍しいよね」
髪の毛についた石鹸の泡をお湯で流しながら、わたしは素直な感想を口にした。
貴族の人たちの生活に詳しいわけじゃないけど、結婚って基本的には親が決めたものだったり、政略的に決められるものだったりする印象がある。
わたしの村でも自由恋愛で結婚した人って少なかったはずだ。
「うちは元から没落貴族だったから、そういうのに寛容だったらしいわ。政略結婚をしようにも、お父様はどこからも相手にされなかったみたいだしね」
「そして父は、偶然立ち寄った湖の畔で母と出逢い、二人は愛を育んだそうです」
そういうこともあるんだなぁ。
まるで本に載っていそうな玉の輿ストーリーだった。
平民から没落しているとはいえ貴族のお嫁さんになれるなんて、二人のお母さんが羨ましい。
結婚かぁ……。
少し前まではまだまだ先のことだと思っていたけれど、実際この年になると同年代で結婚している子なんて珍しくなかったりするんだよね。
「そう言えば二人には、結婚の話って来てないの?」
湯船に浸かって、二人に尋ねる。
アリアス家は少し前まで没落貴族だったわけだけど、今じゃ貴族の中で最も王様に近しい有力貴族だ。
当然、そういう話には事欠かないだろう。
「ええ、まあ。来ているには来ていますよ。父が全て断っているので、どこの誰が申し込んで来ただのと、私たちの耳には入りませんけれど」
「自分が自由恋愛で結婚したから、娘たちにもそうさせたいって、お父様の方針なの」
「まあ、その分さっさと相手を見つけろと催促がうるさくもありますが。母なんて自分が十代で結婚したからと私のことを、婚期を逃した行き遅れ呼ばわりまでして……! まったく、今はそれどころではないというのにっ!」
「お、落ち着いて、お姉さま! お母様だって悪気があって言ってるわけじゃないんだし」
「なお悪質です!」
「そ、それはそうだけど……。え、ええっと……ミナリー、あんたの家はどうなわけ?」
アリシアはわたしに話しを振ってきた。
アリスって確かにこのまま婚期を逃しそうだなぁーと思っていたのは秘密にしつつ、自分の家のことを考えてみる。
「うーん、両親からは出逢いの話とかあんまり訊いたことないかなぁ。お母さんが別の村の出身らしいから、たぶん恋愛結婚だとは思うけど。でも、うちの村でも恋愛結婚って少ないんだよね。小さな村だから、親同士が仲良くて、子供を許婚にすることもよくあるの」
「じゃあもしかして、あんたにも許婚が居るってこと?」
「居ないよ。わたしは四番目の子供だから。お兄ちゃんたちとお姉ちゃんには居たけど」
「あんた、四人兄妹だったの?」
「妹と弟が居るから六人兄妹かな」
ただでさえ貧乏な家なのに、兄妹が六人も居るから余計に家計が苦しかったんだよね。
少ない食事を両親含め八人で取り合ってた頃は、毎日の食卓がまさに戦場だった。
「一番上のお兄ちゃんは許婚の人と結婚して、何だかんだ幸せに暮らしてるみたい。もう一人のお兄ちゃんも、それなりに上手く行ってる感じかな」
「へぇー。じゃあ、お姉さんも?」
「お姉ちゃんは結婚したくないって家出しちゃった。たまに手紙が届くんだけど、今は世界中を旅してるみたい」
「あ、アグレッシブなお姉さんね」
まあ、アグレッシブ過ぎだった気がしなくもないけど。
お姉ちゃんが家出したせいで、危うくお姉ちゃんの許婚とわたしが結婚させられかけたし。
貧乏人だったから断ったけど。
「寂しくはありませんか、ミナリー?」
不意に、落ち着きを取り戻したらしいアリスがわたしにそう問うた。
「お姉さんが居なくなってしまったのでしょう? 寂しくはありませんか?」
「そ、それはまあ……うん」
お姉ちゃんのことがあったおかげで、お父さんもお母さんもわたしに結婚を強要するようなことをしなかったのだと思う。
その点ではお姉ちゃんが家出してくれて良かったとは思っているけれど、寂しいかと問われれば……やっぱり寂しい。
お姉ちゃんはわたしにとって憧れだったし、色々なことを教えてくれた。
文字の読み書きや包丁の使い方。
お金の大切さも、お金の数え方も、お店での値切り方も、教えてくれたのは全部お姉ちゃんだ。
「私をお姉さんだと思って、『お姉ちゃん』と呼んでも良いのですよ?」
「アリス……」
もしかして、さっきのハチミツ酒で酔ってる……?
これはもしやチャンスでは?
「アリスお姉ちゃん! ミナリーね、お願いがあるのっ!」
「何ですか、ミナリー?」
「お小遣いちょーだいっ♪」
「嫌です」
……ですよね。
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