第47話:村娘、飲む

 冬の到来が間近に迫り、お城から遠くに見える山々が雪化粧を始めた今日この頃。


 一日のお仕事を終えたわたしは、密かな楽しみに胸を躍らせていた。


「美味しくできたかなぁーっと」


 厨房の鍋で温めていたのはシュテイン王国冬の定番、ホットハチミツ酒だ。


 この時期になると市場に出回ったり、ホットハチミツ酒だけの出店ができたりするのだけど、わたしが飲もうとしているのは食糧庫でコッソリと作っていた自家製だったりする。


 レモンの果汁とすりおろしたショウガを入れると、美味しくて体も温まるんだよね。


「村に居た頃は何かのお祝いでしか飲めなかったけど、今なら飲み放題だもんねー」


「へぇ。何が飲み放題なのですか、ミナリー?」


「それはもちろ――いやぁあああああああああああアリスぅうううううううううううっ!?」


 振り返るとニッコリスマイルを浮かべたアリスが椅子に座っていた。


「まったく、少し目を離せばこれなのですから。勝手に食材を使うなと何度言えば……。いったい何を作ろうとしているのですか、ミナリー」


「え、ええっと……。最近寒くなってきたから、温まろうと思ってハチミツ酒を少しばかり……、……アリスも飲む?」


「ええ、頂きます」


「そうだよね、アリスが仕事中にお酒を飲むなんて――え、飲むの?」


 てっきり断られるかと思ってたからビックリしてしまった。


「今日中に終わらせる必要のあった案件は済ませてきました。それに、お酒と言っても火にかけているのですから、アルコールは飛んでいるはずです。問題はありません」


「アリスがそう言うなら……」


 アリスの分のマグカップも用意して、ホットハチミツ酒を注ぎ込む。


 ハチミツの甘い香りの中に、ほんの少し漂うさっぱりとしたレモンの匂いがとてもいい感じだった。


 一息ついてホットハチミツ酒を口に運ぶと、口いっぱいにハチミツの上品な甘さが広がった。


 その中にある少しの酸味と、ショウガの独特の味が良い塩梅でアクセントになっている。


 一口飲んだだけで体がポカポカと温かくなった。


「美味しいですね、ミナリー。市販されているものと少し違うようですが、あのレシピノートに書かれていたのですか?」


「ううん。これはわたしの……と言うより、わたしの家のオリジナルかな」


「そうでしたか。…………どうりでミナリーが作ったにしては上品な味わいだと」


「どういう意味かな?」


 アリスはわたしの問いを無視してマグカップを口に運んだ。


 まあ良いや。


「そう言えばミナリー。あなたがここで働き始めてそろそろひと月が経ちますね。この城での生活には……いえ、愚問でした。今さら慣れていないと言われてもこちらが困ります」


「むっ、そんなことないよ。毎日朝から晩まで仕事漬けで休みもないし、こんな生活に慣れちゃったら人としてダメだと思うもん。労働環境の改善を要求するよっ!」


「却下です。仕事が嫌なら故郷に帰れば良いではありませんか。アリシアは寂しがるでしょうが、私はあなたを無理に引き止めはしませんよ」


「ちょ、ちょっとくらい引き止めてくれても良いんじゃないかな?」


「ふふっ、冗談ですよ、ミナリー。残念ながらあなたが居て助かっている面があることも事実です。急に辞められても困ってしまいます」


「そ、そう? えへへ……」


 アリスに褒められるなんて滅多にないから、素直に嬉しくなって照れてしまった。


「ですが、本当に帰らなくて良いのですか? あなたあれから一度も帰省していませんし、一度は故郷に帰った方が良いと思いますよ。親御さんも心配されているのでは……」


「一応、ここで働いていることは手紙で知らせてるから大丈夫だと思うけど……」


 まあ、働き始めてすぐの頃に手紙を出して以降、面倒くさくて何もしてないけど。


 向こうは紙と封筒を買うお金もないのか、返事はまだ届いてない。


「あなたがそう言うなら良いのですが……」


「ミナリー、そろそろお風呂……って、お姉さま? 二人とも何を飲んでるの?

 わたしをお風呂に誘いに来たのだろう、アリシアが厨房に顔を覗かせる。


「ホットハチミツ酒ですよ、アリシア」


「へぇー。ミナリー、あたしも一杯もらって良い?」


「良いよー」


「ありがと、ミナリー」


「もう残ってないけどね」


「あたしのありがとうを返せっ!」


 仕方がないから、アリシアの分のホットハチミツ酒を作ってあげることにした。


 わたしも少し飲み足りなかったし、アリスも欲しいと言ったから、今度は少し多めに作る。


 それから作り置きしていたお菓子を用意して、気分はちょっとしたお茶会だ。


 まったりと、それでいてちょっと騒々しい。


 そんな温かな時間は懐かしい記憶を思い起こして、ちょっとくらいなら家に帰っても良いかなぁと、そう私に思わせたのだった。


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