第22話:ポンコツ、逃げる

 逃げる。


 ひたすら逃げる。


 逃げて逃げて逃げ続ける。


 それでも、男たちは追って来る。


「待てやゴラァあああああああああッ!!」


「ああもうっ! ミナリーが怒らせるからっ!」


「元を辿れば道に迷ったアリシアが悪いと思うけど」


「うぐぅっ…………」


 ミナリーの冷静な指摘に一言も返せなかった。


 それはともかくとして、今は互いに責任を押し付け合っている場合じゃない。


 どれだけ走っても男たちとの距離は広がらず、今はむしろ縮まりつつあった。


 その原因は……、


「アリシア、わたしから手を放して先に逃げて」


「な、なに言ってるのよ!?」


「このままじゃ、二人とも捕まっちゃうよ」


「…………ッ」


 ミナリーの言う通りだ。


 男たちの距離が縮まりつつある原因は、単純にミナリーの足が遅いから。


 あたしだけだったら、もしかしたら何とか逃げ切れるかもしれない。


「だから、アリシアは先に行って助けを連れて来て。助かるにはそれしかないと思う」


「でも、それじゃあんたがっ! 殺されちゃうかもしれないのよ!?」


「このままじゃ、二人とも殺されるだけだよ。確実な方法を選ぶなら、アリシアが先に行って助けを連れて来る他にない」


「だけど……っ!」


 言っていることはわかる。ミナリーが示したのは、一番助かる確率の高い方法だ。


 自分を身代わりにしようとか、あたしを助けようとか、そういうことじゃない。


 あたしたち二人が……正確にはミナリーが助かる確率の一番高い方法を彼女は言っているだけのこと。


 ……でも、


「嫌……絶対に嫌よっ!!」


「アリシア……?」


「だって……だって! 友達を置いて、自分だけ逃げられるわけないじゃないっ!!」


 ミナリーが来るまで、お城の中は静かだった。


 朝から夜遅くまで、黙々と仕事をするシュード様とお姉さま。あたしは一人で、掃除や食事の用意をする。静かなお城の中で、たった一人きり。誰とも話すことなんてなく。


 寂しくなかったと言えば、嘘になる。


 孤独だった。


 寂しくて、仕方がなかった。


 ……だけど、ミナリーが来たあの日から、あたしは一度も寂しさを感じたことはない。


 友達ってこういうことなんだって、初めて思うことができた。


 だから、置いて行くことなんて出来ない。手を放すことなんて出来るはずがない。


 ミナリーはあたしの大切な――初めての、友達なんだから。


「アリシア……………………………………そんな台詞真顔で言って恥ずかしくないの?」


「うっさい!! あんたは口じゃなくて足を動かしなさいよっ!!」


 こんな状況でも普段と変わりないミナリーに、妙な安堵を感じてしまう。


 それでも、状況は何一つ好転せず悪化の一途をたどっている。


 振り返ると、男たちとの距離はより狭まっていた。


 スタートダッシュでそれなりに差を広げたつもりだったのに、それがもうほとんどなくなっている。


 ……このままじゃ、


「アリシア、前! 前見て!」


「えっ…………きゃぁっ!!」


 後ろの男たちを見ていたから、前に注意を向けていなかった。


 そのせいで曲がり角から出て来た人影に突っ込んでしまう。ヤバいと思った瞬間――あたしとミナリーは見えない壁のようなものに弾き返された。


「痛たた……。いったい何が――」


 言いかけて、聞こえてきた声に言葉が詰まる。


「まったく……。この辺りは結界を張りながらでなければおちおち歩くことすら…………えっ? アリシア、ミナリー……あなたたち、どうしてこのような所に居るのですか?」


 わたしたちを弾き飛ばした人影。その正体は、メイド服姿の女性で、


「お姉さまぁあああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!」


「アリスぅううううううううううううううううううううううううううううッッッ!!!!!!」


 目を丸くしているお姉さまに抱き着こうとしたあたしたちは、


「「ぐふぁっ」」


 またもや結界に弾き返された。


「あ、アリシア!? ミナリー!?」


「うぇえええええええええええええん!! お姉さまぁああああああああああああああっ!!」


「アリスぅうううううううううう助けてぇえええええええええええええええええええっ!!」


「は、はぁ……?」


 事態を飲み込めない様子のお姉さまは、キョトンとした表情のまま、あたしとミナリーを抱きしめてくれたのだった。

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